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書籍と雑誌の要約と解説

リセット―私はまた踊る―

うつ病と闘った1826日の記録

装丁
リセット―私はまた踊る― リセット―私はまた踊る― うつ病と闘った1826日の記録
watari(芸能プロダクション「エターニティ」所属)
健康ジャーナル社
ISBN4-907838-20-4
2004/07/01
¥1400
彼の笑顔が戻る日を私はずっと待っていた

watariさんとはTV番組企画「芸能人社交ダンス部」で出会い、
そして私にダンスというかけがいのないものを与えてくれました。
そんな彼の姿が見えなくなって5年、数々の苦難を乗り越えて、
またあのはじける笑顔が戻ってきました。
彼の復活への足跡が、
またたくさんの方々に生きるパワーを与えてくれることでしょう。

杉本 彩

目次
  1. 完璧主義
    1. この土地に生まれて
    2. この父母から生まれて
    3. 荒れた高校時代
    4. 家出
    5. 東大受験
  2. 栄光と挫折
    1. ダンスとの出会い
    2. スカウト
    3. リクルート事件
    4. 映画「Shall we ダンス?」
    5. 母の病気と「ウリナリ!!」
    6. 自殺未遂
    7. その日
  3. 壊れていく
    1. 遺書
    2. 女性誌
    3. 決断
    4. 自己破産
    5. 浅草橋こころのクリニック
    6. 強迫性障害
    7. 主治医
  4. 生きていく力
    1. 薬の作用
    2. 薬の副作用
    3. 自問自答
    4. 生き方・考え方を変えるチャンス
    5. 音楽の力
  5. うつ病になって本当によかった
    1. 薬との決別
    2. 摂食障害
    3. 復活
    4. 余談
  6. 座談会「絶対零度」の考え方でいこう
    1. 理解されにくくて、そして増え続ける病
    2. うつ病になっていくプロセス
    3. うつは育てられる?
    4. 「やるな」「頑張るな」
    5. 薬の力、薬の魔力
    6. 「絶対零度」の考えかたでいこう
  7. あとがき――大切な人がうつと闘っているという人へ

内容

watariの処方歴[P.97-99]

一番初めに飲んだのが、「レスリン」という薬だった。

ところが、飲んだ途端、身体中の筋肉が内部からむず痒くなってしまい、
どんなに筋肉を伸ばしても、動かしても、むず痒くて仕方がないので、一回飲んで、すぐ止めた。

抗うつ薬や抗不安薬は、まだまだ開発途上にあり、
また、その人その人の体質や症状、さらには、うつ病や不安障害になった原因などによって、
効き目がまったく異なるので、合わなかったら、別の薬に変えた方がいいらしい。

次に処方されたのが、「アモキサン」という薬だった。

このアモキサンは、一年以上飲み続けた。
正直、効き目はまったく分からなかった。
ただ、とにかく口が渇いて、口臭がひどくなったことばかり覚えている。

このアモキサンが処方限度量に達した後、「トレドミン」という抗うつ薬を併用した。
この頃は「うつ」が最もひどかったせいか、この薬の効き目もまったく分からなかった。
そして、やはり、この薬を飲むと、口内が焦げ臭くなって、口臭がますますひどくなったのを覚えている。

次に、「トフラニール」という薬を服用した。
なんでも、この薬はアモキサンよりも作用が強いらしい。
「テトラミド」、「ドグマチール」(神経性胃炎の薬でもある)
などとともに服用したが、やはり、効果は分からなかった。

抗不安薬としては、「ソラナックス」、「メイラックス」、「デパス」などを、
抗うつ薬とともに併用して服用したが、私には、ソラナックス以外は、まったく効かなかった。

また、誘眠剤としては「レンドルミン」、「ハルシオン」等々を使った。
まあ、眠れるようになったので、よしとしよう。

便秘(抗欝剤の副作用)[P.100]

薬を飲むようになって一年後、まず、背中を中心に胴体全体に激痛が走るようになった。

内科を受診して、バリウム検査を受けた。しかし原因が判らなかった。

違う病因の消化器科にまわされた。胃カメラ検査を受けた。
若い、生意気な医師に「潰瘍」と診断された。
それから潰瘍薬を飲み続けたが、痛みはまったく消えなかった。

そこで、別の病院の胃腸科を受診した。
ベテランのその医師は、腹部を触っただけで、
それが、抗うつ剤の副作用による便秘が原因で、お腹中にガスが溜まっているせいだと診断した。
そして、下剤と「ガスコン」、「ガスモチン」という薬で、すぐに治った。

遅発性ジスキネジア[P.101-103_131]

二〇〇一年の初夏、薬を飲むようになって一年が経ったときのことだった。

それは、なんと、一万人に一人という確率で現れる副作用らしく、
難病の「遅発性ジスキネジア」という病名が付けられているらしい。

私の場合、一度にたくさんの種類の薬を飲んでいたので、どの薬の副作用なのか分からないが、
突然、「舌」を自分の意思で動かすことがまったくできなくなってしまったのだ。

<中略>

無意識に、舌を強い力で自ら吸い込んでしまうので、舌は傷つき、しばしば出血した。

ひどいときには、舌がのどに詰まって気道をふさいでしまい、呼吸ができなくなる。
そんなときは指で舌を引っ張り出していた。

食事をしているときや、なにかが口の中に入っているときは大丈夫なのだが、
なにもしないときに常に舌を吸い込んでしまっていた。

その頃は、夜は一時間も眠れればよいほうだった。
いつ呼吸ができなくなるかと思うと、不安で眠ることなどできなかった。

口内と舌はしびれ、とにかく、痛く、苦しかった。

*   *   *

唯一、口内と舌が痛くないのは、ものを食べているときだけである。

口中にものを入れて、噛んでいるときだけは楽になれるのだ。

ガムでは小さ過ぎてダメである。
かといって、大量に噛むと「オエッ!」となって吐いてしまう。

お煎餅の類が一番よい。特に、なぜか、「柿ピー」がいい。

また、ビールを口に含んでいるのがとてもよい。
ビールを飲みながらだと、なぜか、楽に会話ができることを発見した。

だから、私は、いつも何かを口に入れているようになっている。

ロゴセラピー[P.108-114]

私の場合、ジスキネジアを発症していたので「話す」という行為ができない状態だった。

そこで、まず最初にこう考えた。

「世の中には、目が見えない人もいる。耳が聴こえない人もいる。
私の祖父のように、手指が動かせない人もいる。
身体全体を動かすことあできない人もいる。
言葉が話せないくらい、たいしたことではない」

そして、さらに、

「そもそも、人間は、『平均』または『標準』という基準を作り、
それより上だと幸せ、それより下だと不幸と考えるふしがある。
それが、そもそも間違っているのだ!
人間は、生きている、ただそれだけで幸せなのだ。
生きている、ただそれだけで価値があるのだ!」
と、考えるようにした。

<中略>

そしてもうひとつ、いつも考えていたことがあった。

それは「何のために生きてるの?」、「何のために生きるの?」という疑問だった。

うつ病になると、なぜか皆、この言葉を口にする。

<中略>

私の場合は、こう考えた。

「そもそも生物なんて、海中の化学物質が偶然結合して、できちゃっただけのものであって、
別に何かの目的を持ってこの世に存在した訳ではないのだ。

だから、『何のために…』なんて考えること自体、無意味なんだ」

「何をやって生きても、何をやらなくて生きても、同じなんだ。
だったら、自分がやりたいことだけやって、やりたくなかったら、やらなくてもいいんだ」

そう考えられるようになってから、私のうつ病はみるみる回復していった。

音楽療法[P.119-124]

私は、自分が思春期の頃に好きだった歌手の歌を聴き直してみた。

これが私を救った。

毎日毎日、同じ音楽ばかり聴いていた。

そして、同じ歌詞のところばかりを、くり返しくり返し聴いて、自分のこころに言い聞かせた。

うつ病の初期の頃、つまり、自殺を考えていた頃は、
さだまさしの「The Day After Tomorrow」をよく聴いていた。

<中略>

また、うつがひどいときには、沢田知可子の「GIFT」を聴いた。

<中略>

そして、中島みゆきの「時代」は、本当に心の拠りどころとした。

<中略>

その後、さだまさしの「償い」を毎日毎日聴いて、大泣きしていた。

<中略>

そして、最後はさだまさしの「風に立つライオン」を聴いて、やはり大泣きしていた。

<中略>

「泣くのはよいことだ!」

おそらく、泣くという行為は、こころの、つまり、命の「自己防衛反応」なのであろう。

だから、女性の方が長生きするのかもしれない。

「男は泣くものではない!」という考え方(教育の仕方)が間違っているのだと思う。

つまり、泣くことによって、身体やこころは、病気になるのを、防いでいるのである。

執筆療法[P.137]

この本を書いているうちに、だんだんと、こころが楽になっていくのを感じた。
もしかしたら、この本の執筆自体が、私にとって最大の「療法」だったのかもしれない。

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