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書籍と雑誌の要約と解説

水 最後の選択

今、悪魔の水があなたのからだを蝕んでいる

装丁
水 最後の選択 水 最後の選択
阿部一理(ミラクル総合研究所代表)
メタモル出版
ISBN4-89595-029-8
1992/10/27
¥1165
それでもまだ毒水を飲み続けますか
塩素・発ガン物質・有害物質を含んだ飲み水の現状。
恐怖の水から健康を守る方法。
浄水器・ミネラルウォーターは本当に安全なのか?
現時点でベストであろうアルカリ性イオン水(電解水)の実証データ
目次
  1. 水が腐っていく!
    1. エッ、まだ水道水を飲んでるの?
    2. 平均寿命は確実に急速に短くなっていく
    3. 「中学生の98%がアレルギー」という衝撃の事実
    4. 飽食文化はあなたの心も蝕んでいる
    5. 体を満たす水を弱アルカリ性に保つことの重要性
    6. 酸性体質が恐ろしい病気を招く
    7. 酸性体質の原因とは何か?
    8. カルシウムの重要性に気づこう
    9. 美食・飽食はあなたの血液を酸性に傾ける
    10. 病気も健康もあなたの考え方しだい
    11. カルシウム不足は日本人の宿命
    12. 水と生命、この神秘的な関係
  2. 悪魔の水があなたを襲う
    1. 消毒とはすなわち加毒であると認識しよう
    2. 毒を毎日摂り続けている私たちの未来
    3. あなたの体は塩素と有害物質にいつまで耐えられるか
    4. それでも塩素を入れなければならない日本の水事情
    5. 「井戸水は安全でおいしい」という神話は崩れた
    6. もう水は飲めない
    7. 水道水は食品のビタミンを破壊している
    8. 水道水は有害物質の見本市!
    9. どうすれば安全な水が飲めるのか
    10. 現時点で選択する最良の水とは?
  3. 最後の水
    1. 毒を摂らないことより毒を溶かし出すことを考えたら……
    2. 腸内微生物はあなたの味方です
    3. 人間の腸は植物における根と同様に重要である
    4. 長寿村の水とアルカリ性イオン水の共通点
    5. おいしい水の秘密
    6. おいしい水は体にとっても優れている
    7. ガンが水で治せる!? という新理論
    8. 警察庁のお偉方が“ご霊水”と呼んだ水
    9. 厚生省が認め、医者も確認した驚くべき効能
  4. 水が未来を救う
    1. 帝国ホテル御用達、プロも使っているイオン水
    2. 水にお金をかけることはもったいないことだろうか
    3. 古米の味をコシヒカリにかえてしまう不思議な水
    4. 21世紀の水・科学の水・奇跡の水
  5. アルカリ性イオン水 驚異のデータ
    1. アルカリ性イオン水が人類を救うかもしれない
    2. アルカリ性イオン水の驚くべき実証データ(すべて実名
    3. アトピー性皮膚炎・アレルギー体質の改善/重森加代美
    4. 虚弱体質からの脱出/北原洋子
    5. 350の血糖値が二〇日目に100/松丸一一
    6. 二二年間の病院通いに終止符/西田耕司
    7. 痔・腎盂炎が快癒/田山雄二郎
    8. 小児喘息の発作が止まる/甲斐昭治
    9. 交通事故による失明寸前からの回復/江藤公城
    10. 肝機能低下からの生還/小代美佐子
    11. 酸性イオン水の止血効果/村山輝人
    12. 便秘の解消/竹川徳子
    13. 胃酸過多の治癒/黒田政治
    14. 酸性イオン水のアストリンゼント効果/細川京子
    15. 快便は当たり前/棚橋丸子
    16. 肩凝り解消/松本八重子
    17. 酸性イオン水が筋肉疲労に効果/浜田博巳
    18. 血と痛みを止めた酸性イオン水/中本久美子
    19. 慢性下痢がピタリと止まる/山本綾子
    20. 驚くべき整腸作用/高橋玉枝
    21. 尿酸値の下降/鈴木登予
    22. 小学生以来の気管支喘息が止まる/内山和茂
文献
  • 『ダカーポ』1991年6月19日[P.14]
  • 『週刊現代』「昭和三四年以降生まれの著者の平均寿命は41歳」1989年4月22日[P.16]
  • 『読売新聞』「アレルギーが“ある”と答えた中学生の割合、98.3%」1991年3月10日[P.21]
  • NHK『子供のからだは蝕まれている』1980年[P.22]
  • 『暮らしの手帖・39号』1975年[P.23]
  • 飯田喜俊『図解 水と電解質』[P.31]
  • 『今、“日本”が汚染されている』[P.60]
  • 『読売新聞』「地下水、新発ガン物質汚染」1989年12月15日[P.68]
  • 『読売新聞』「酸性雨、欧州並みに悪化」1988年3月28日[P.68]
  • 『今“水”が危ない』[P.68_76]
  • NHK『広がる地下汚染―地下水が危ない』1987年8月[P.72]
  • 『毎日新聞』「水道水で食品のビタミン損失」1990年10月18日[P.73]
  • 『毎日新聞』「水道の発がん物質汚染規制」1984年2月19日[P.77]
  • 『日本経済新聞』「水道水に発ガン物質」1980年6月19日[P.79-80]
  • 桜沢如一『心臓を入れ替える法』[P.94]
  • 秋月辰一郎『死の同心円』[P.95]
  • 桜沢如一『新しい栄養学』[P.96]
  • 光岡知足『腸内フローラと発癌』[P.102]
  • 古守『長寿村・短命化の教訓』[P.107]
  • 『毎日新聞(夕刊)』「おいしい水・健康によい水の物差し」1990年4月3日[P.111_114_116]
  • 『朝日新聞(夕刊)』「新説“おいしい水は粒ぞろい”」1990年12月3日[P.113]
  • 『韓国中央日報』「ガン“水でも治せるようになる”」1986年10月31日[P.121]
  • 馬淵通夫『総合医学への道』[P.123-124]
  • 国仲寛長『驚異のイオン水健康法』[P.127]
  • 『健康な家庭』「アルカリイオン水常用 村上信夫料理長の秘訣」1985年10月1日[P.134-135]

内容

阿部一理の提唱する健康三大条件[P.43-44]

公害や食品公害などの悪条件にかこまれているにもかかわらず、
健康に生涯をまっとうする条件は次の三つでほぼ十分だと、私は思っています。

 ①健康を害すると気づいた食品は、
 無理のない範囲で食生活から排除し、粗食を心がける。
 ②歩くという人間にとっての天与の、そして素晴しい運動を決して厭わない。
 ③良質の水を飲み、良質の水だけを使って料理を作る。

水をたくさん飲める人相[P.159-160]

これまで観察してきたところによると、飲める量は、
体格とともに顔の幅によってもきまってくるのではないか、と、
私はそんな感想も持っています。

つまり顔の幅が広い人(いわゆる陽性タイプで暑がりの人)ほど、多くを飲める。
同じような身長・体重でも顔の幅の狭い人
(いわゆる陰性タイプで寒がりの人)はあまり飲めない。
どうやらそうじゃないかな……、と思っているのです。

それが証拠に、顔の幅の広い知人たちは、
「多く飲め!」「飲もうと思えば飲める!」と豪語し、
無理やりでも飲ませかねない傾向がありますし、
顔の狭い人は「いやあ、飲みたくてもそんなには飲めませんよ」と、
顔の幅の狭い私に同意を求めるからです。

電解水の体験談[P.160-185]

血糖値(福岡県大むろ田市・松丸一一)[P.163-164]

老人会副会長の野口キクエさん(79歳)は、長年、
血糖値が300~350で、病院の薬と食事療法に追われてきました。
私がたまたまイオン水の話を聞き、それを本人に話したところ、

「体が元気になれば、金は安いものだ。今すぐに機械を取り付けてほしい」

とのこと。さっそく取り付けた日から、
食生活に関しては市水道水は一切使用せず、イオン水の生活がはじまりました。

そして二〇日目に病院で定期検査を受けると、血糖値100とのこと。
心臓のほうも悪かったのでペースメーカーをつけていたのですが、
これもいらないと病院の先生にいわれたと、
私のところに大喜びでお話しにみえました。

アトピー(熊本市・西田耕司)[P.164-166]

私は世間一般でいわれるアトピー性皮膚炎、しかも先天性のものでした。

私は高校のとき、母親から一枚の写真を見せられました。
その写真というのが、私が約1歳半ぐらいの小さい頃の写真でした。
写真を見た瞬間「誰の写真だ?」と聞いたぐらい、
その写真に写っている子どもが自分自身であるとは信じがたいような姿だったのです。
何とベタベタする薬を頭から顔・首、そして全身にいたるすべてのところに塗って、
その上から小児用パウダーを、これまた全身につけていて、
体全体が真っ白な粉をかぶったような姿でした。

その写真を見た高校時代のときも、実はまだ治っておらず、痛みとかゆみを訴えていました。

その症状がどれくらいひどかったかというと、まず、夜寝ているとき、
ふとんをかぶって体が温まってくると腕や足を切り取ってしまいたいぐらいかゆくなってしまう。
ところが寝ているときというのは、かきむしる限度というのがわからず、
かゆみが痛みに変わるまでかきむしってしまう。
そこまでかきむしると、必ずといってよいほど出血してしまいます。
すると朝、目がさめたとき、ふとんは血だらけ。
しかもパジャマを脱ぐときに皮膚とパジャマがくっついている。
それを「ベリッ、ベリッ」とはがすようにしてパジャマを脱いでました。

くつ下をはくと、これもまた脱ぐときに「ベリッ、ベリッ」とやっていました。
母親は毎日、ふとんのシーツやパジャマ、まくらカバーなど、
すべて私が身につけたものは洗濯。
半分ノイローゼ気味になっていました。

約五年前、熊本で一人暮らしをするようになってからも、
母親から「かきむしってないかい?」と、よく電話がかかってきました。

一番ひどかったときは、もう部屋から出たくないくらい顔面がはれあがったうえに、
顔面から汁がでてきて、顔がぐちょぐちょになったこともあります。
それが今から約一年半ぐらい前でした。
その頃は、後ろを振り返るときでも気をつけてなければなりませんでした。
顔だけ後ろを向くと首の皮膚がピッと裂けるのです。
ですから、体ごと向きをかえるように、ちょうど人形のような動き方をしていました。

当然、毎月、皮膚科の病院にも通いましたし、食生活を変えたこともありました。
二二年間通った病院は、八ヵ所以上もありますが、いっこうに変化があらわれませんでした。

普通、アトピーは大人になるにしたがって、だんだん症状が軽くなっていくのですが、
私の場合はまったく症状が軽減しなかったのです。
正直いって、ずっとこのままなのだろうかと思っていました。

ところが昨年、
一九九〇年一〇月にアルカリ性イオン水が体質改善にもいいということを聞きました。
最初は「たかが水で……」と思っていました。
だって二二年間も病院に通い続けて、まったく変化が見られなかったのですから。

しかし、とにかく一日二リットル飲んでみろといわれ、最初はしょうがなく飲んでいました。
すると五日~六日でかゆみがなくなってきました。
でも、私はそれでも信じていませんでした。

すると七日目から汁が出てこなくなって、
一〇日目には症状が目に見えてスーッと引いていきました。

ここで初めて、このアルカリ性イオン水というのは、ひょっとしたらと思い、
それからは一日に三~四リットル、毎日飲みました。
すると私の場合、皮膚が衣服外に出ている部分、顔や首、手などから、
みるみるうちに症状が引いていきました。
生まれてからずっと苦しんできたのが、まるで嘘のようです。

痔・腎盂炎(熊本市・田山雄二郎)[P.167]

私はアルカリ性イオン水を一日に三リットルずつ飲んだところ、
内痔から出血していた(一六センチくらい奥にあった)のが、
一週間くらいで出血が止まり、それ以後は何ともありません。
かつては女性用のナプキンでは間に合わず、
長靴の中に血がたまるほどのこともありました。

母は若い頃に腎盂炎を患い、いつも尿検査では引っかかり、
人工透析一歩手前のところまでいっていました。

それがアルカリ性イオン水を飲んで約二ヵ月、
今年の三月一五日に、熊本の市民病院で検査を受けましたところ、
あまりにもよくなっているので、お医者様がこれは間違いかもしれないと、
再検査をしました。

でもやはりものすごくいいのです。先生は思わず、

「こんなに改善されるような薬をやった覚えはない」

とつぶやいたというのです。

小児喘息(熊本市・甲斐昭治)[P.169-170]

妹はひどい小児喘息の発作があり、呼吸困難で、
多いときには週のうち五回も救急車やタクシーで病院にかつぎ込むほどでした。

そのため、私は18歳のときに、高校の特別許可をもらって、
妹の病院通いのために普通自動車の運転免許を取りました。

夜中の一時ころ病院に駆け込み、夜が明ける頃になってやっと病院から帰り、
私はそのまま学校へいったというようなことも数知れないほどありました。

妹の苦しむさまを見ていて、母が、

「死んだほうが楽になれるんだろうね」

と、ポツリといったのを聞いたときには、何とも複雑な心境になったものです。

妹がアルカリ性イオン水を飲むようになったのは、
去年、中学三年生のときからです。
学校にも持っていかせて、一日に四リットルの水をせっせと飲ませました。

一ヵ月もたたない頃「何だか家の中が明るいねえ」と話したとき、
妹が発作を起こさなくなっているのに気づきました。
人間とはいいかげんなもので楽になっているのにすぐには気づかないものですね。

あれからちょうど一年ほどになりますが、以来一度も発作は起こしていません。
前には隣でタバコを吸うなんてとんでもないことでしたが、
今ではまったく平気な顔をしています。

まさか見慈雨で体質改善できるとは思ってもいませんでしたが、
今では、とにかくお金をいくら積んでも買えないくらいありがたいことだったと思っています。

「すすめてくれた方に足を向けては寝られない」

と、家族中でいつも話をしています。

便秘・水虫(東京都武蔵村山市・竹川徳子)[P.176]

便秘がひどく、毎日体が重く、頭がガンガンしていました。

その頑固な便秘も、
アルカリ性イオン水を飲むようになってニ~三日ですっかり治り、
朝が来るのが楽しみになってきました。

また体全体がやせてきて、これも女性としてとてもうれしい毎日です。

私はひどい水虫もあったのですが、
二日くらいの間、酸性イオン水の中に何度か入れていたら、きれいに治ってしまい、
正直なところ大変に驚きました。

胃酸逆流・フケ症(福岡県大むろ田市・黒田政治)[P.176-177]

一九九〇年七月一三日より、アルカリ性イオン水、酸性イオン水を使用しております。
小学生のころから食べた後すぐすっぱい胃液がノド元まであがっておりました。
いろんな薬を使用しましたが、薬をやめるとまたすぐ胃液があがってきました。

それが、アルカリ性イオン水を飲みはじめて一週間でやわらぎ、一カ月後には、
まったくすっぱい胃液があがってこなくなりました。

今では安心して食べられるようになりました。
今でも毎日三リットル前後は必ず飲み続けております。

風呂には酸性イオン水を入れております。

私はボタン雪のようなものすごいフケが出ておりましたが、
一カ月後にはフケも少なく、便の出もよくなり喜んでおります。

水虫(宮崎県延岡市・細川京子)[P.177-178]

水虫に悩んでいた父は、長靴の中に酸性イオン水を入れて、
買い物のときでもチャポチャポさせて歩いていました。

すると一〇日目くらいまでに、すっかりきれいになって、
機械を購入したときには大変なけんまくで怒っていたのが、
今では嘘のように喜んでいます。

便秘・肩こり・シミ・吹出物(東京都昭島市・松本八重子)[P.180]

飲み始めて一〇日くらいで便秘が、肩凝りは三ヵ月くらいですっかりなくなりました。

毎日、酸性イオン水で顔を洗っていますが、顔のシミが薄くなってきました。
子どもは顔の吹出物が少なくなり、スベスベしてきました。

外傷(山口県徳山市・中本久美子)[P.181]

鯛を料理していて、骨を爪の下にザクッとさしてしまいました。

ウロコをとっているときで、力を入れていましたから、
その痛いことといったら気を失うほどでした。
痛いうえに大変な出血です。

そこで聞いていた通り、酸性イオン水につけました。
二分くらいで血が止まり、痛みも止まってしまい、
その後はもうなんともありませんでした。

下痢(東京都秋川市・山本綾子)[P.182]

私は下痢がひどくて辛い毎日でした。
アルカリ性イオン水が慢性下痢によいと聞いても、「まさか……」と半信半疑でした。
だけど、とにかく飲んでみました。

すると下痢は本当にピッタリ止まりました。
その後は本当にいいウンチです。

高尿酸血症(東京都武蔵村山市・鈴木登予)[P.183-184]

主人の尿酸値なのですが、
一〇年以上も前から一年おきの人間ドックでいつもひっかかっていました。
そんな状態ですから痛風がこわくて食生活にもずいぶん気をつけていましたが、
いっこうに尿酸値は下がりませんでした。

ところがアルカリ性イオン水を飲みはじめて半年ほどした頃、
たまたま病院で検査してもらう機会があったのですが、
そのときお医者さんは「なんでこんなに下がっているんだ!」と驚かれ、
主人が「実はアルカリ性イオン水を飲んでおりまして……」というと、
「きっとその水のおかげだね、これは」と喜んでくれたそうです。

気管支喘息(佐賀県神埼郡・内川和茂)[P.184-185]

小学校四年のころから気管支喘息で悩まされ、発作が起きたときには夜中中苦しみました。
発作は成長するにつれて減ってきましたが、それでも高卒当時で月に三回ほどはありました。

布団に入って温まってくると、三〇分くらいで発作がはじまるというのがパターンでした。
その苦しさたるや、太いロープでグッと首を絞められたような、
ちょうどノドぼとけの下あたりに息ができないように何かでフタをされるような感じでした。

意識はもうろうとするし、痰がからんで、それがどうしてもとれず、
指をつっこんでとれたら楽になるのではないかとさえ思い、
それこそノドをかき切って出したいと何度も思いました。

イオン水の器具を設置したのは今年の三月上旬でした。
それからは一日二リットル、アルカリ性イオン水を飲むようにしています。
効き目は三~四日であらわれました。
せき込んでいたのが楽になってきたのです。
それからほぼ三カ月たちますが、もう一度も発作は起きていません。

はじめは高いと思った器具ですが、今では一〇倍のお金を出しても安いと、
毎日、神棚にお祈りするような気持ちでイオン水の器具をながめています。

大腸癌になっても食事に無関心だった阿部一理の弟[P.188-189]

一九八二年(昭和五七)六月。
いよいよイオン水の大々的な普及をはかろうということになって、
私たちは、いったいどういう方法で普及するのがよいかを話し合いました。
その大切な会議が行なわれたのは六月二三日のことでした。

その一方で、私には重大な現実がありました。
なんとも皮肉な現実でした。
私がさらに広く健康を実現するために行動を起こそうとしているそのとき、
私の弟が大腸ガンで死の床に伏していたのです。
私と違って、幼い頃から丈夫な弟でした。
柔道・合気道と武道が好きだったことでも、その元気さ丈夫さはわかります。
ひ弱な私にしてみれば、そんな弟に憎らしさを感じたこともたびたびでした。
何かにつけて、4歳も年下でありながら、ライバルだったのです。

体質も性格も私とはまったく違っていました。
弟は自分が丈夫だったせいか、自然食などにはとんと興味を示さず、

「趣味の世界だね」

などと軽くあしらっていました。私がむきになればなるほど、

「太く短くという人生もある。いちいち気にしていたのではおもしろくもない」

と、にべもなかったのです。

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