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書籍と雑誌の要約と解説

遺伝子を撃つ水道水

水道水の変異原性を公にする

装丁
遺伝子を撃つ水道水 遺伝子を撃つ水道水
讃岐田訓(神戸大学発達科学部助教授)
北斗出版(さぬきださとしの水環境の本)
ISBN4-89474-005-2
1999/10/12
¥2000
コップ一杯の水が遺伝子を損傷させる!

市民・研究者によって結成された琵琶湖・淀川汚染総合調査団のメンバーである著者は、
水道水に変異原性――遺伝子に突然変異を起こさせて、遺伝毒性を与える性質――
が認められることを実験で確かめた。

この毒性は発がんに直結する。

遺伝子を撃つこの毒性物質は、
浄水場の一工程――河川水を塩素処理する工程でつくられる。

本書は、こうした分析をとおして、飲み水の安全性とは何かを考え、
水道水中の変異原性物質、発がん性物質をおさえる手だてを提案する。

目次
  1. 異形の水界
    1. 瀕死の海から異形の河へ
    2. 淀川倒錯絵図
    3. 淀川の汚染源
      1. 木津河の汚染
      2. 宇治川の汚染
      3. 桂川の汚染
      4. 淀川の汚染
  2. 浄水場という名の毒物製造工場
    1. 「飲み水は安全か?」-がん死者の疫学調査
    2. トリハロメタンの素性
    3. 塩素の注入量をきめるものーアンモニア
    4. 塩素量が毒性をきめる
    5. 毒物はトリハロメタンだけではない
  3. なぜ変異原性を調べるか
    1. 変異原性とは
    2. 生殖細胞の遺伝子に変異を受けた場合
      1. 鎌状赤血球の遺伝
      2. 酒に弱い人の遺伝
    3. 遺伝子ってなあに?
      1. 遺伝するということ
      2. いくつもの遺伝子が特徴をきめる
      3. 遺伝子って?
      4. 遺伝子のつくり
      5. 遺伝子のはたらき
    4. 発がん性との関係
      1. 発がん性とは
      2. がん遺伝子はわれわれの細胞の中にある
      3. がん遺伝子の単離に成功
      4. ただ一ヶ所の突然変異でがん化?
      5. がん抑制遺伝子の発見
      6. がん化の模式図
      7. がんの転移能
    5. 生体内でのがん原化と変異原化
    6. 催奇形性との関係
    7. なぜ変異原性を調べるか
  4. 変異原性の調べ方―エームステスト
    1. エームステエストのしくみ
    2. エームステストの進め方
      1. テスト試料づくり―変異原性物質の抽出と濃縮
      2. 変異原性ポテンシャル(生成能)を調べるとき
      3. テスト前に準備するもの
      4. いよいよエームステスト
  5. 遺伝子を撃つ水道水
    1. いよいよ実験開始―成功への遠い道
      1. 波瀾のスタート
      2. 系統的失敗のすすめ
      3. 涙の採水行進曲
      4. 白濁を克服するまで
      5. サルモネラ菌―TA100のトラブル
    2. えらいこっちゃ、神戸の飲み水
    3. いざ浄水場へ
    4. 変異原性は浄水場で形成
    5. AF―2換算値
    6. 他の水系の浄水場も同罪
    7. 変異原性からみた水道水の発がんリスク
  6. 淀川原水に潜む変異原性の原料(前駆物質)
    1. 変異原性ポテンシャル(生成能)
    2. 淀川原水の変異原性ポテンシャル
    3. 極めつけの桂川―その源流をたずねて
    4. 汚染の元凶―京都市の下水処理場
      1. 下水処理場放流水に激しい変異原性
      2. 放流水の改善策―オゾン処理の効用
      3. 下水処理場での変異原性の除去率
  7. 水道水中の変異原性をいかにおさえるか
    1. 水道水に良質の水を
    2. 簡易水道を守ろう
    3. 緩速濾過のすばらしさ
    4. 伏流水―緩速濾過法を併用すれば
    5. 水道水の変異原性をきめるもの―原水の水質と浄水方法
    6. 中間塩素処理法へ―守口市庭窪浄水場の快挙
      1. 中間塩素処理で四〇%削減
      2. かび臭除去にも効果
    7. 尾崎市神埼浄水場のオゾン処理
    8. 高度処理水にまつわる話
      1. 大阪市柴島浄水場の愚挙
      2. 高度浄水処理法―大阪府水道部の固執
      3. 高度処理水の変異原性、ありやなしや
      4. アンモニアを置き去りにする高度処理
      5. 生物膜によるアンモニアの除去
    9. 水道水の変異原性をいかに回避するか―生活の知恵
      1. 煮沸する
      2. 活性炭に吸着させる
      3. 部分的に凍らす
    10. 毒性回避に向けてのいくつかの提案
文献
  • ワトソン『遺伝子の分子生物学』
  • 白井晴美『今、子供になにが起こっているか』
  • 淀川・水問題を考える連絡会『今、飲み水は?』
  • 米国環境保護庁『飲料水とトリハロメタン制御』
  • 日本水質汚濁研究協会『水質汚濁研究』
  • 半谷高久『水質汚濁研究法』
  • 『生体の科学』第41巻第1号
  • 先天性四肢障害児父母の会『先天異常の原因究明をめぐって』
  • 『蛋白質 核酸 酵素』第20巻第13号
  • 『同志社大学李奥学部研究報告』第24巻第3号
  • 中西準子『日本の水道はよくなりますか』
  • 五百井正樹『水汚染の構造』
  • 琵琶湖・淀川水系を考える会『のみ水すて水かえり水』
  • 本間都『だれにもわかるやさしい飲み水の話』
  • 中西準子『飲み水が危ない』[P.122]

内容

水道水の変異原性データ[P.108-109_113_118-119]

水道水の変異原性を調べるために、まず手始めにやった試水は、
わが神戸大学の、わが研究室の蛇口から出てくる水道水であった。
この水の由来をたどると、淀川下流の右岸で取水されたものである。
この原水が、尼崎市にある阪神水道企業団の浄水場に送られる。
ここで、前塩素―急速濾過法により水道水となり、
二五キロメートルもの道中を経て到着した品である。

<中略>

サルモネラ菌をまいたシャーレを孵卵器に入れてから三日目、
「コロニーできてるかいな」とかなんとかつぶやきつつ、
厳そかにとり出したシャーレをみたその瞬間、ギクッとして、顔から血の気が引いた。
寒天の表面がコロニーで埋まっていた。
晩秋の上高地でみた、あの満天の星屑の感激を転倒させたようなオドロオドロしい光景。
「これはえらいこっちゃ」という思いと、
「ちょっとまだひとにはいえんで」というひるみが、まぜこぜになっていた。
実験ミスでないことを確信するまでに、それからひと月はついやした。

淀川原水だけでは、ほとんどコロニーはできなかった。
自然突然変異で出てくる数より少し多い目になる程度であった。
犯人はしぼられてきた。
「やっぱり水道屋がつくりよんねんで」。

一九八六年正月。
まだ松もとれてないというのに、
それと、年末年始の酒がまだぬけきってないというのに、本格的な調査準備にとりかかった。
ほんとうは、とりかかったんではなくて、とりかからされた。
私がいささかこり性で、目的地になかなか辿りつけないことを見抜いていた
例の加藤氏と峰野氏が、陰謀をめぐらしたのである。
「あいつは、ほっといたら、いつまでたっても酒ばっかりくろとる」という話がきっかけで、
自治労大阪府本部のえらいさんに頼んで、
枚方市が経営する中宮浄水場の浄水過程の水がもらえることにお膳立てができたという。

表2-1 浄水過程での変異原性の季節変化(1986年)
変異コロニー数/l
採水月 原水 沈殿池水 濾過水 給水
2 65 2160 1760 2120
5 75 1980 1560 1920
6 35 1560 1110 730
9 10 2260 2140 2220
表2-2 浄水過程での変異原性の季節変化(AF-2換算値)
AF-2換算値(ng/l) AF-2標準出現率
コロニー数/ng
採水月 原水 沈殿池水 濾過水 給水
2 1.4 47.5 38.7 46.6 45.5
5 1.8 48.3 38.0 46.8 41.0
6 1.0 44.8 31.0 21.0 34.8
9 0.2 44.5 42.1 43.7 50.8
表3 他水系の浄水場水の変異原性(1986年)
変異コロニー数/l
河川 浄水場 採水月 原水 沈殿池水 濾過水 給水
木津川(奈良) 木津 8 10 630 1600
市 川(姫路) 甲山 8 30 790 720 1350
兼田 8 20 860 680 1310
紀ノ川(和歌山) 加納 8 10 3140
加納 9 20 160
出島 9 10 260
真砂 9 10 120

第三者の変異原性テストを妨害する水道事業関係者[P.167-170]

一九八八年の六月、全国水道週間がはじまった。
大阪市柴島浄水場でも記念行事として、つぎの企画をたてた。
紙パック入りの高度処理水を市民にくばって、おいしい水として飲んでもらおうというものである。
各紙は一斉に報道した。
この記事をみて、ニヤッとして峰野さんに電話しようとしたとたん、
むこうから電話が入った。
「いっちょういきまっか?」ということで、彼が柴島のある人に連絡をとったところ、
どうぞということであった。

六月五日の日曜日、われわれ二人は峰野家の総領息子を伴って柴島におもむいた。
もちろん、数個のダルマ瓶も一緒である。
現地では入口のところで、高度処理水のパンフレットや、
柴島浄水場の概要などの入った紙袋を一人にひとつずつもらい、奥に入っていった。
峰野さんは、ダルマ瓶をひとつ抱きかかえての入場となった。
ここの浄水場は広い。
駐車場からかなり遠くまで歩かねばならず、採水したあと、運んで帰るにはちと荷が重すぎた。
ワゴンを借りようということにして、澪つくしのマーク(大阪市の市章)の入った作業服を着た
市の水道技術者と思わしき人に、その旨をおねがいしたところ、事務所へ行ってくれという。
しかたなく事務所へゆくと、あたりが急に緊張した雰囲気に包まれた。
ここではわからんので場長のところへ行ってくれという。
ワゴンを貸す係りが場長やとはけったいな話ではあるなと冗談をいいつつ、
案内された部屋に行くと、場長以下、数名の人達が出てきて面談となった。

高度処理水の何を調べるのか、と聞くので、変異原性を調べる旨を告げると、
「その点については、自分とこで独自の試験を進めているので、
おたくらにやってもらう必要はない」と拒否された。
「変異原性はない、というデータが出たのか」と問うと、「いま試験中だ」という。
「安全性が確認・・しているから問題ない」という。
「安全を確信しているというなら、
ぼくらが変異原性テストをしたところでなにも問題はない。水をもらって帰る」というと、
「その試験は自分らで行っているし、自分らがデータを出したい。
トンビに油げさらわれるようなことはいやだ」という。
「水道水は全市民の健康にかかわる公共品である。
つくっている側が自ら安全性をチェックするのはもちろんであるが、
われわれのような、飲まされている側の、
命をゆだねている側の研究機関尾チェックをあおぐのは当然ではないか」というと、
「今日のように、ふいに来られても困る。正式な試料提供の要請書もないことやし……」
「正式な要請書とは、学長とか学部長名の正式文書のことか」「はい」
「それでは四、五日中に正式文書をもってくる」
「多分、もって来てもらっても、お断りすることになりますが……」
「どういうこっちゃそれは」
「うちがおたくらに検査を依頼してるわけやおまへんよってに……」というような、
不毛のやりとりが繰り返されたあげく、「憶えとれよ、おもえら」という捨てゼリフを、
ぐっと腹の底に飲み込んで席を立った。

<中略>

この水盗りの日をはさむかたちで、大阪市水道労働組合は、
広く住民に呼びかけて、ふたつの催しを行った。
琵琶湖船上めぐり~高度処理施設見学ツアーと、
「大阪の飲み水を考えるシンポジウム」である。
ぼくはいずれにも参加できなかったが、われらが関西水系連絡会の事務局長、
本間郁さんが消費者の立場からのパネラーとして出席した。

シンポジウムが終了したあと、
彼女はパネラーのひとりである大阪市水道局水質試験所のH主幹に、
「高度処理水についてもっとよく知りたいので、分析用の水をわけて下さい」といったところ、
主幹は口ごもったままであった。
「君、住民に出すべきですよ」と、
やはりパネラーのひとりである岡山大学の八木正一教授の強い口添えにも、
主幹の返事はあいまいで終わったという。

取材をしておきながら水道水の変異原性を報道しないNHK[P.179-180]

八月の終わりか九月のはじめ、NHK大阪放送局政策部のOディレクターから電話があった。
朝番組の「おはようジャーナル」(八時三〇分~九時三〇分)で、
水の危機について取りあげることになったという。
ついては変異原性の問題にも切り込みたいので、
取材に協力してほしいというので、打合せの結果、守口市庭窪浄水場に同行することになった。
中間塩素処理への切り換えで、トリハロメタンや変異原性を、
四〇%近く低減させた快挙を取材すること、
現在供給されている水道水の危険性と、中間塩素処理による低減効果の実際を、
変異原性テストを行うことによって確認しようというわけである。

変異原性テストが完了した日、
Oディレクターはものものしい装備のカメラマンクルーとともに現れ、数時間がかりの撮影となった。
その日、ことに印象に残っているのは、
前塩素処理でつくった水道水のテスト結果をみたディレクターが、
シャーレ上に累々と形成された変異コロニーの数のすごさに驚いてしまい、
「すごい。水道の水もう飲めない。
こんなこわいこと、一般の人にみせて大丈夫かなあ」ともらしたことであった。
ひょっとしたら、ひょっとするかもしれんな、という淡い予感がよぎった。

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