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書籍と雑誌の要約と解説

わたしの家はどこですか

アルツハイマーの終わらない旅

装丁
わたしの家はどこですか わたしの家はどこですか
Show Me the Way to Go Home
ラリー・ローズ(知能指数146)
Larry Rose(IQ146)
梅田達夫
DHC
ISBN4-88724-126-7
1998/06/30
¥1400
目次
  1. 運命の日
  2. 診断
  3. 混乱が始まる
  4. 真実の友
  5. 危険な斜面
  6. ここは地獄か天国か
  7. 医学の進歩が道をひらく?
  8. フロイド
  9. ステラ
  10. まるで迷路のよう
  11. 怖れと怒り
  12. 天下に知れわたった豚
  13. 笑えば病も癒えるもの
  14. 違法な社会体制
  15. ダイアナ
  16. 大いなる眠り
  17. 友と生きる安らぎ
  18. 帰還
  19. 終わりなき挑戦
  20. 同伴者ステラのことば

内容

ドライブで目的地に着けない[P.16-17]

山小屋へ向かう途中、アレクサンドリアでファースト・フード店に立ちより、コーヒーを一杯飲んだ。
そこから車をさらに走らせていたのだが、あたりに見慣れたものがまったくなくなっているのに気づいた。
あれから一時間は運転してきたにちがいない。
山小屋へ行く道は何年も通っていて、手にとるように知っていたはずなのに。

やっと自分がどこにいるのかわかったときには、シュリーヴポートの近くに来ていた。
百六十キロ以上も道をはずれていた。
アレクサンドリアから2時間はかかったはずの距離だ。
いったい、なにごとが起こったというのだろう?
そのあいだ、私は何を考えていたのだろう?
確かな記憶として残っているのは、
アレクサンドリアでコーヒーを飲もうと車をとめたことだけだった。

釈然としないまま、進路を変更してリトル・ロックに向かった。
そこで高速一六七号線を降り、州間高速四〇号線にはいって西に進み、コンウェイまで行けばいいのだ。
その時点では自分がどこにいて、どこへ向かおうとしているのか、正確にわかっていた。

リトル・ロックへ車を走らせながら、自分に言い聞かせていた。

「ラリー、精神を集中させるんだ。もっとしっかりしろ。
どこか具合でも悪いのか。停止信号はぜんぶ守ったか。
スピードを出しすぎてはいなかったか」

まったくわからなかった。思い出せなかった。

しかし、それからは順調だった。
速度計に注意して運転し周囲の交通状況にも気をくばった。
その日はとても天気がよく、山小屋ですごすひとときがますます楽しみになっていた。

そのとき、標識が目にとびこんできた。

「アーカンソー州、西メンフィス」

方向が逆だ。
こんどはきっとリトル・ロックで曲がるところをまちがえたのだ。

字が下手になり計算もできなくなる[P.23]

六十ドルなのに六百ドルの小切手を書き、
六ドル七十セントなのに六百七十ドルの小切手を書いた。
しかも日付まで間違い、まるで十歳児が書いたような字だった。

自分の年齢がわからなくなる[P.29]

アルツハイマー病をわずらうのは老人だけだ。私はまだ五十二歳だ。
いや、五十三になったのか。
はて、生まれたのは三七年で、今年は、うーむ、今年は何年だ?

私はステラに向き直った。

「今年は西暦何年だい?」

「一九九二年だわ。でも、なぜ?」

「いや、ええとー、今年が九二年で、私が生まれたのが三七年、
これから計算すると私は何歳だい?」

引き算をしようとしたが、頭が思うようにはたらかなかった。

「五十四歳よ。どうしたのラリー。誕生日がくれば五十五歳でしょう」

「誕生日まで、あとどれくらいある?」

何月生まれなのかもわからなかったのだ。

ラリー・ローズの闘病[P.29-30]

ゆっくり、じわじわと、広がっていく心の暗闇に気づいて、それはつらい思いだった。
精神の機能がだんだんおとろえてきているのを実感し、
これからはこの喪失感をおそれる心にうち勝っていかなければならないと思った。
人生でたいせつにしているものすべてが、この手からゆっくりとすべりおちていく。
友人たちの顔、住所、氏名の記憶までがだんだん薄らいでいく。
時間のことで頭がいっぱいなのに、いま何時かおぼえていられない。

この現実を直視しよう。
じきに自分がだれであるのかも忘れてしまうのだろうか。
私がこんなふうになってしまったことに理由はあるのか。
人生にまったく何の目的もないとすれば、なぜ私は生きている?
まもなく魂のぬけがらになってしまうのか。
そんなことは考えられない。
人生はいたずらに浪費されてはならない。
この救いのない状況のなかでさえ、生きる意味は必ずあるはずだ。
絶望的な状況にあったとしても、事態が好転する可能性はまだある。
こうした観点をけっして失うまい。

すでに買った物を買い続ける[P.34]

ある日のこと、ステラに細い銅線を買ってきてほしいと頼まれた。
彼女がとりくんでいるステンド・グラスの製作に必要だったからだ。
その頼みごとがどうしたわけか、いつまでも頭にこびりついてしまった。
町に出ると必ず銅線を一巻買って帰った。
細工台に十巻もの銅線が乗っているのを見て、ステラが私の愚行にやっと気づいた。
ステラはもうたくさんあるからしばらくは必要ないと言ったが、私はやめなかった。
銅線を思い出せば必ず一巻買って帰った。

しまいにはステラが、余分な銅線を金物屋に持ちこんで、
換金してもらうことにし、販売員に、もう私には銅線を売らないよう釘をさした。
それがあってから、銅線を買おうとする私に、店員は、
もういらないのではないですか、と念を押すようになった。

会話中に適切な言葉が出てこない[P.39-40]

私は人と話している最中に、適切な言葉が出てこないという苦労を味わいはじめている。
今日も、ステラにこう聞いてしまった。

「マッシュルームの袋は、どこにあったっけ?」

「ラリー、マッシュルームの袋って、なんのこと?
マッシュルームはなかったし、だいいち、袋で買ったりしないわ」

「いや、買うじゃないか、ステラ。昨日の晩も見たよ。
ほら、小さくて、白くて、ふわふわしたやつが袋に入ってた」

「ああ、マシュマロのことね。それなら、すみの戸棚に入っているわ」

いくら話しかけられても上の空になる[P.49-50]

私は「やあ」とみんなにあいさつして席についていたが、
しばらくして、ジムが何か話しかけていることに気づいた。

「ラリー、ラリー、おい!ラリー!
おまえなあ、自分でどこにいるかわかってるのかい? 
もう五分間も、みんながおまえに話しかけてるのに。
眼はガラス玉みたいだし、視線は宙をさまよってる。
おとぎの国にでもいるのか。大丈夫かよー?」

過剰な屋内配線による電磁波公害の疑い[P.63]

小屋を建てたとき、彼に屋内配線をしてもらった。
私は、あの週末のことをよくおぼえている。
最初、ぜんぶでコンセントはふたつもあればいいと彼に伝えた。
ひとつは冷蔵庫、もうひとつはテレビ用だ。
しかしアーロンは聞きいれなかった。
ふたりで、四百メートルもの電線を張りめぐらせた。
警報装置、ビデオ・カメラ、電灯とそのスイッチ、コンセント、ステレオのスピーカー、
それに、たぶん今後も使うことのない予備回路まで配線した。
屋根裏部屋まで含めても、小屋の床面積は百十平方メートルしかないというのに。

読書が出来なくなり視聴したテレビの内容を忘れる[P.65]

私は本を読もうとするのだが、話の筋をあまり長く追っていけない。
一ページを二度も三度も読み直してみるが、いま読んだばかりのところがわからないのだ。

テレビを見ていても似たようなものだった。
ステラと私がある晩テレビを見ていたとする。
彼女が「ラリー、この番組は前に見たわ」と言っても、
「いいや、初めて見るなあ。私が寝たあと、君がひとりで見たんだよ。
私がアーカンソーに行っているあいだかもしれないね」と答えるだろう。
ほんとうのところは、十中八九、その番組を見ているのだ。
私は毎日同じ番組をくりかえし見て、なおかつ楽しむことができた。
再放送だって苦にならない。

こういったことをカフェの男連中に話している。

「わが家では、テレビが再放送をやらないんだ」

私がこう言ってにやりと笑うと、連中は爆笑のうずに巻きこまれた。
あのキャデラックを売ってもらった自動車修理屋の店主、
カーティス・バーティノットがこう切りかえしてきた。

「気に入った映画のビデオを一本買って、毎日見つづけるってのはどうだい?
ずいぶん節約になるぞ。ものごとのいい面にも目を向けるのさ」

みんながふたたびどっと笑ったので、私も引きずりこまれた。
まさに賢明なアドバイスだった。笑うというのは、どんなときでもいいことだ。

アルツハイマー病の知能テスト[P.82-83]

彼女は、いろいろな物をひとつずつ取り出しながら、それらの名前を質問していった。
――くし、人形のベッド、腕時計――。それから出てきたのは、はさみだった。

「これは何という名前ですか」

言葉を思いつかなかった。それが何であるかは知っていた。
ただ、名前が思い出せなかったのだ。

「これを使ってものを切るんです」

私は答えた。

「そうですね。でも、名前は何ていうんでしょう?」

彼女は尋ねた。

しばし、沈黙が訪れた。

「さあ、言ってみましょう。
これがどう呼ばれているのか教えてください」

「この中に、私がなぜここにいるのかを忘れている人がいるようですね」

私は、いらだちを抑えるようにして言った。

「別のテストにしてください」

その言葉が口から出たとき、唐突に聞こえたのではないだろうかと不安になった。
しかし、彼女は、なにごともなかったかのように冷静にテストを続行していく。
まったく、さすがはプロだ。

残りのテストはとどこおりなくすんだ。
だが、こんなことをやらされて不愉快だった。
テストが終わるたびに、自分がどれだけ無能であるかを思い知らされる。
かつては、六桁の数字が十個並んでいても一分以内に暗算で合計を出してしまったものだ。
しかしいまでは、最もかんたんなレベルの計算でさえ手に負えないでいる。

頭の内部から怒りと激情がこみあげてきた。
対象を特定できない、やり場のない怒りである。
ほとんど自己の存在に向けられた憤怒だ。

電話のコール音が何なのかわからなくなる[P.116-117]

その日の昼近く、聴きおぼえのある物音を聞いた。
しかし、どこで耳にした音なのかまったく見当がつかなかった。

「前にどこかで聞いたような気がするのだが」

そう心の中で思った。私は混乱してきていた。その音を特定できなかった。
ちょうどそのとき、電話の自動応答装置が作動した。
何だかわからなかった音というのは、実は電話の呼び出し音だったのだ。
ふつうの人になら容易にわかることでも、私にはそうではなかった。
――その日の私には。

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