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書籍と雑誌の要約と解説

オレンジ色が見えた日

江崎ひろこのステロイド皮膚炎闘病記

装丁
オレンジ色が見えた日――ステロイドと闘う私の16年 オレンジ色が見えた日――ステロイドと闘う私の16年
江崎ひろこ(日本ステロイド軟膏禍第一原告)
かもがわ出版
ISBN4-87699-087-5
1993/06/24
¥1300
解説
一昨年、三冊目の原稿を書き終えた時、これで私の役目は終わった、
ステロイド禍について書きたいことはすべて書き尽くした、
あとは講演活動をするだけ、と思っていました。
しかし、その後、オイルによる二次被害が激増している
(私もその中の一人)のを目の当たりにするようになって、
こりゃ、あと一冊書かなければとは思ったものの、
その勇気がありませんでした。今まで三冊書いたものの、
いずれの時も体力的に本当にしんどかったからです。
白内障の目が痛んでかすみ、涙が止まらなくなりました。

「書かなければ」「いや、あんなシンドイ思いはもう嫌だ」
二つの思いが交錯していた昨年夏、中山さんから五輪土産が届いたのです。
その夜、どこからともなく私に問いかける声がありました。

――中山選手はオリンピックという大舞台で立派に走ってきたよ。
さあ、あなたはどうするの!?

目次
  1. 手紙
    1. 副作用の怖さを思い知らされました
    2. 命拾いをしました
    3. 皆さんの励ましのおかげです
    4. 母親の勇気が子どもを救う
  2. 日記
    1. 1991年
      1. 顔と手首ボロボロでの出版
      2. シャープペンシルを腕につき刺す
      3. オイルが与える肌への影響
      4. 私のことは忘れて下さい
      5. 他人に自分の生き方をまかせるなんて
      6. ついにワセリン中毒者が出た!
    2. 1992年
      1. 「頑張って」は疲れる
      2. 日本中がメチャクチャになる
      3. 十年後のあなたを楽しみにしている
      4. オリンピックは私のチェックポイント
      5. 「コケちゃいました」に学ぶ
      6. バルセロナ五輪のお土産
      7. 独身にはチト強烈すぎます
      8. 「何もしないのが一番いいです」
      9. このエネルギーを無にしたくない
      10. 片腕片足、切ろうかと思う
    3. 1993年
      1. もう体を休ませてあげたい
      2. 生きることは恩返し
  3. 出会い
    1. いい出会いが運命を変える ・前田良枝さん
    2. わが師、わが目標 ・大石邦子
    3. 最期までやさしかったね ・M子さん
    4. オレンジ色が見えた日 ・中山竹通さん

内容

目が開けられない症例[P.11-14]

息子の言葉ですが、目を開けると痛くて痛くて開けていることができない。
普通の光がすごくまぶしくて痛いと言い、雨戸を閉めております。
無理に目を開けると今度は目が乾き、かゆくってかゆくって、
そのかゆさが地獄のかゆさそのものになります。

もちろん顔も同様ですよね。
今の息子は死にたい、死にたいとばかり言うようになりました。
絶望しているのです。

僕には未来がない。
目はかすんで見えなくなり、僕は廃人になってしまう。
顔ももとには戻らないし、頭は考える機能が駄目になっている。

喋るにも言葉がぷつぷつ切れ、とぎれとぎれに物事が浮かんできても、
言おうとすると薄れ忘れてしまうのだそうです。
記憶が保てない。
顔がいつも痛くて神経が全部顔に集中してしまい、
顔に力を入れていないと顔がますます痛くなるので、少しもリラックスできない。
息をするのさえも自分の自由がなく、生きていること自体つらいのだと。

何をすることもできない不自由な生活がつらく苦しいのです。

自分が元気だった時のことを思い出しては懐かしがったり、あの頃は僕は幸福だった、
しかしもう二度とあの頃には戻れないのかと思うと、本当に死んでしまいたいと泣くのです。

しきりに、「死にたい」「もう僕はあかんねん」と言っている息子に、
私がどんなに励まし勇気づける言葉をかけても駄目なんです。
「お母さんにはこの苦しさとか僕の気持ちなんかわかってたまるか、
わかるはずがない」と言い切るのです。

平成元年からこのたびまで、私は気が休まる暇もありませんでした。
夜は、息子がうなり声を発して掻き痛がる姿を見守り続け、
私も睡眠不足でこのつきは二回倒れてしまいました。
いろいろ口では言い表せぬ苦しい毎日でした。
いっそのこと、息子と一緒に死んでしまおうかと思った日もありました。
心身共に疲れ果て、もうどうしていいのかわからなくなってしまうのですね。
まだまだこれが続くのかと思うと気が狂いそうです。
ただただ心配のあまり、私は心臓が悪くなっています。

私もこの頃ノイローゼです。
ゆっくり眠ることができたなら、息子ももう少し気持ちが楽になれるのではないかな。
この痛みとかゆみが少しでも止まってくれたらといつもそう祈っているのですが、
なかなか思うようにはいきません。

副作用の怖さを思い知らされました。
容易に薬を塗ることを勧めた私がバカでした。
こんなひどい結果、息子を変わり果てた姿にさせたのも……。
あれほど息子が薬を塗ることを嫌がっていたのに……。
医者を信用した私はすごく責任を感じます。
息子にうらまれ、ののしられても仕方がないことを私がしてしまったのです。
まさかあの時点では、こんなはめになろうとは思ってもみませんでした。
後悔してやみません。(一九九二年二月)

江崎さん、息子の顔の肌はもうステロイド剤で皮膚が薄く薄くただれてしまって、
どんなに刺激の少ない薬だって塗ることはできません。
肌が痛すぎて塗れないのです。

ましてアトピーがステロイドを塗ることはできません。
肌が痛すぎて塗れないのです。

ましてアトピーがステロイドを塗る以前よりひどくなってしまって、
まァほんと人間のかゆさじゃないのです。

現在、息子の症状はいつとは決まらず四六時中地獄のかゆみがどっとおしよせてくるのです。
もうその時はうめき声で体全体を動かしながら、
手は目や顔面を苦しい息遣いでうなりながら激しく掻いております。
側で見ている私は、まるで狂人にでもなってしまったかのような
息子の変わり果てた姿をどうしてあげることもできず、
ただ息子が落ち着くまでじっと黙って見守っている悲しい存在です。

精神的にも不安定ですし、私が声をかけると、ちょっと黙っといて、僕喋れないから、
もの言うのがしんどいねん、などと言って、会話することが不可能なのです。

もう少し精神的にゆとりができるのを今は待っております。
本当に毎日が苦しい日々で、人間らしい日常生活ができませんので悲しいです。
(一九九二年五月)

その後お体の具合はいかがですか? 私共では、毎日毎日が最悪です。

不眠、頭痛、皮膚の刺激感、光線過敏症、脱力感、
精神不安の憎悪、重大なうつ病等々続いております。
痛みとかゆみで夜はほとんど眠れない状態で、ひどくなる一方です。
わめき散らしたり物をぶつけたりするありさまです。
本人は苦しまぎれにはけ口を私にもってきているのですが、
とても口では言い表しようのない悲惨な生活を送っております。
実にステロイドが人生を変えてしまった結末です。

恐ろしい薬です。
あの薬さえ塗らなければこんなことには絶対になっていなかったのです。
このことが悔しくて涙がこぼれてくる毎日です。(一九九二年六月)

ハシカをアトピーと誤診するヤブ医者[P.15-17]

娘は六月二十七日頃より発熱し、三九度、四〇度と熱があがりました。
六月二十八日に病院へ行きましたが「風邪です」とのことでした。
翌日も熱がありました。三十日に顔が赤くなりました。
七月一日に体中赤くなりました。

病院で「これはアトピーが全身に回ったので薬を塗ります」と言われたので、
私が「ステロイドですか?」と聞くと「薄くのばしたステロイドです」と言われました。

看護婦さん二人が娘をベッドに乗せ、裸にして、
手にたっぷりとステロイド剤をすくい、体中くまなくベットリと塗りはじめたのです。
私は江崎様の本を拝見させていただいていたので体中ガタガタふるえ「やめて下さい」と言いました。
すると看護婦さん二人の表情と医師の表情が急に厳しくなり
「やめるのですか? こんなにひどいのに。子どもがかわいくないの?」
と言われました。
「やめて下さい」と続けて言うと、
娘に向かって「かわいそうになあ」と吐き捨てるように言いながら、
とりあえずはふいてくれました。でも体中ベトベトでした。
医師に「ありがとうございました」と礼だけ述べ、急いで帰り、娘の体をきれいにふきました。

<中略>

七月二日、娘は確かにアトピーだけれど、こんなにニ、三日中に広がるのは変だと思い、
昨日の江崎様の電話ですっかり元気をとり戻した私は他の病院へ行きました。
すると、なんとはしか・・・だったのです。
私はすごく腹が立ちました。
初期の段階ならいざ知らず、体中に発疹が出ているのにアトピーと誤診したのです。
その上、話によると、はしかにステロイドなんか塗ったら、
内に入って出るに出られず死ぬこともあるとか……。

それから娘は十日間ほど苦しみましたが今はすっかりきれいになりました。

アトピービジネスに利用されている江崎ひろこ[P.36]

Y健康食品を勧められて買ったという人から電話があった。
なんと、私がその健康食品を食べているというのだ。
その販売員に聞かされたから自分も買ったという。
私の中で怒りが爆発した。

アトピーの分野ではもう私はかなり知られている。
その私の名前を使って商品を売るとは、立派な詐欺罪ではないか。

M健康食品は必ずこれでアトピーが治ると断言したので、
薬事法云々をもち出して本社に訴えたら、すぐ謝罪してきた。

E化粧品は私の本を販売時に使い、ワンセット十五万円もする化粧品を売っている。

「あんたの本、悪用されてるえ」と教えてくれる人がたくさんいるが、どうしようもない。
ダマされて買う人はもっと悲惨だ。

痒すぎて呼吸困難に陥った江崎ひろこ[P.39]


人間は普通、吸って吐いて、という呼吸を二秒ずつほどくり返している。
かゆみがピークの時は、このどちらをしても爆発的なかゆみがつのって、
ニ、三メートル転げ回り、ケイレンが起き失神するのだ。
このかゆみの激しさを恐れた私の体は呼吸することを必死で拒む。
頭では“頼むから呼吸して”と命令するのだが体が拒否する。
四十秒ほどたつと意識が薄れてくる。なぜ? 
と考えると呼吸していないことに気づき、必死で“呼吸して”と体に命令する。
命令しながら手当たりしだい体をつねる。
首を締める。髪の毛をむしる。
それでも呼吸しない時は、私はシャープペンシルで腕を刺しまくった。
穴があき血がにじむ。やっとこのへんでフーッと一回呼吸してくれる。
するとたちまちモワモワッとかゆみがつき上げ、転げ回り、ケイレンする。
二度三度と呼吸するとこれらが連続となり、アッという間に失神した。

一時間ほどたって気づく。その間はたぶん呼吸しているのだろう(生きているのだから)。
しかし意識が戻るとまた、呼吸して! である。果てしなく激闘は続く。

ステロイド禍被害者との関わりを拒否する離脱者[P.57]

昼、名古屋の人から電話。
ステロイド白内障で苦しむ子どもの母親である。
数日前、相談があったので、
同じ名古屋の人が子どもさんの白内障について
某雑誌に住所氏名入りで手記を載せていることを教えてあげた。
その人はすぐその雑誌を買い、手記の人に電話をしたという。
するとその手記の人は、

「うちの子はすっかりよくなったのです。
もうステロイドで苦しんだ日々を思い出したくないのです。
私のことは忘れて下さい」

そう言って一方的に電話を切ったというのだった。

読者から現金書留で謝礼金[P.78-79]

Hさんという人が現金書留で三万円を送ってこられ、びっくり。
「あなたの本を読んでステロイドをあわててやめました。
もし使い続けていれば廃人になっていました。
お金で、私がとり戻した健康のお礼をするのは心苦しいのですが、
気持ちですので講演に行く交通費にでも使って下さい」という手紙が入っていた。

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