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書籍と雑誌の要約と解説

アルツハイマーの夜明け

解けた老人性痴呆の謎

装丁
アルツハイマーの夜明け――解けた老人性痴呆の謎 アルツハイマーの夜明け――解けた老人性痴呆の謎
真蔦栄(長野県松本市「市民タイムス」本社編集局特別嘱託)
山手書房新社
ISBN4-8413-0082-1
1993/01/25
¥1500
解説
したたかで、不遜で、世にも不可解な病気のアルツハイマー病と
私の最初の出会いは、三〇年も前になる。
母をアルツハイマー病で亡くしたのであった。
果てて自分を喪失した母は、
徘徊はいかいを好んで、精神病棟の鉄格子のある病室に閉じ込められた。
そして、生きてそこを出ることはなかった。
幽囚さながらのうちに、六十年の生涯を無残に終えたのである。

湘南に住んで二〇余年、
民生委員を務めた私は、何人もの痴呆性老人と関わった。
ほとんどがアルツハイマー病にとりつかれた老人だった。
どの老人も暢気そうには見えても、実態は哀しく無残だったし、
家族は嘆いて悲惨だった。

アルツハイマー病とは、いったい何なのか。
考えると腹立ちに似たものを覚えた。
著名な医学者たちが書いた痴呆に関する本を、買い漁って読んでみた。
わかったのは、アルツハイマー病というのは脳の神経細胞の病的喪失によって発症するが、
原因は不明で、予防と治療の方法のない難病――ということだけだった。

アルツハイマー病と私の三つ目の出会いは平成二年八月、場所は信州だった。
信濃大町に住む娘のもとに寄寓していた私は、勧められるままに、
木崎湖畔の信濃公堂で毎年開かれる「信濃木崎夏期大学」をのぞいてみた。
第一の最初の講義のテーマが、何と、アルツハイマー病だった。
抜き差しならない三つ目の出会いになった。

講師は東京大学の元医学部長、白木博次博士だった。
国際的にも著名な神経病理学者で、私も名前だけは知っていた。
信州の田舎で、そんな高名な医学者の講義を聴けるとは、
思ってもみない幸運だった。
しかも「アルツハイマー病の発症原因は、もうわかっている」という。
私は飛び上がるほど驚いて、ひたすら謹聴に及んだ。
講義には紀伊半島とアメリカ領グアム島に集積発生した
アルツハイマー病絡みのアミトロ(筋萎縮性側索硬化症)と
パーキンソン病の調査・研究に関わったのをきっかけに、
三〇余年も研究を続けてきた成果の重さが感じられた。

エイズと並んで「世界の難病」といわれるアルツハイマー病は、
高齢化社会へ走り込んだ日本では、重大な社会問題になっている。
その根底にあるものは、
原因不明という闇のなかの不安に根ざす恐怖にほかならない。
白木博士の講義の内容は、
その闇を払って夜明けを読んだ価値をもっていると解することができる。
私は、その夜明けの訪れを、
深い闇のなかに沈潜している人々に伝えなければならない義務に似たものを感じた。

アルツハイマー病は、専門の医学者にとっても、
難易度の高いテーマだといわれる。
まして私は、一介nジャーナリストにすぎない。
けれども、医学者たちが書いた痴呆に関する本を何冊も読んで、
遂に理解できなかった経験をもつ私は、
医学者の解説を医学の素人が聴き取って咀嚼そしゃくし、
正しく記述すれば、私と同様に医学知識に乏しい多くの人々も理解できて、
一つの知識として吸収できるのではないだろうか、と考えついた。

目次
  1. 無残な死と哀しい別離と
  2. アルツハイマーの重たい遺産
  3. 神の最後の慈悲無残
  4. 三百万人の悲哀、九百万人の嘆き
  5. 長寿の喜び、そして脳の悲劇
  6. 遊蕩児になったクリスチャン
  7. 原因不明への不安と恐怖
  8. 遺伝病の流説に泣く家族
  9. 家族性アルツハイマー病の謎
  10. アルミニウムの黒い影
  11. 紀伊半島の奇病、足萎え病
  12. 絡み合う三つの神経難病
  13. グアム島の原住民にも奇病多発
  14. 紀伊とグアムの似すぎる環境
  15. 遂に消えた遺伝病説
  16. 解けたアルミニウムの神経細胞侵襲の謎
  17. 誘因はカルシウムとマグネシウムの欠乏
  18. 見つかった分裂不全の神経細胞
  19. 対立する二つの原因説
  20. エイズと共に治療の道険しく
  21. 母性が握る予防のカギ
  22. 消えるかアルツハイマーの病名
  23. 対立は微分の医学と積分の医学
  24. 夜明けから真昼へ道は一筋
文献
  • 羽田澄子『痴呆性老人の世界』[P.44]
  • 井上靖『月の光』[P.64]
  • 有吉佐和子『恍惚の人』[P.65]
  • 長谷川和夫・中村重信・朝長正徳『痴ほうの百科』[P.67]
  • 『本朝故事因縁集』[P.95]
  • 川合亮三『筋肉はどこへ行った』[P.98]
  • エルセビア・サンエス『臨床神経学便覧』英文医学書[P.120]
  • 映画『痴呆性老人の世界』[P.44_61_65]
校正
  • 人工一〇万人当たりで求めると→人口一〇万人当たりで求めると[P.104]

内容

アルツハイマー病になると親族から義絶される[P.74]

小さな町村はともかく、
中間都市以上の都市にアルツハイマー病で痴呆になった老人が何人いるのか、
明確な数字は保健所にもどこにもないのである。
家族や親類が懸命に隠すからだといわれる。
その最大の原因は、
「アルツハイマー病は遺伝だ」という無責任な世間の取り沙汰にある。

「おまえたちの母親がかかっているアルツハイマー病は、遺伝だってな。
世間の口もうるさいからよ、おまえたちも、うちへの出入りを遠慮してもらおうか」

アルツハイマー病で痴呆になった母親をもつ息子と娘が、
親類から義絶されたという信じ難いような出来事は、どこでも起きている。

紀伊半島における疫学調査[P.96_98_102-104_113-114]

紀州むろ地方(現在の和歌山県西南部)には、
かなり昔から「むろ病」とも「足萎え病」とも呼ばれる奇病があったと伝えられている。
同書の記述に従えば、いまから約350年前も前の天保年間(一六四四-七)に、
すでにその病気が存在していたことがうかがわれる。

奇病とも、風土病ともいわれた「むろ病」または「足萎え病」は、
熊野灘に注ぐ古座川流域の古座町のうち上流部の山間部にある小部落・古座川に多発した。
そして、もう一ヵ所、厳密には志摩半島にはいる
三重県南勢町の伊勢路川上流の山間部落・穂原も多発地区だった。

この奇病が、原因不明のまま治療方法も確立されていない
神経難病の一つアミトロ(筋萎縮性側策硬化症)であり、
紀伊半島に多発地区がある事実は、明治四四年(一九一一)に
東京大学医学部の三浦謹之助教授がはじめて指摘した。
和歌山県新宮市の開業医の紹介で、東京大学付属病院に診察を求めてきた患者をアミトロと診断、
なぜか同病者が紀伊半島南部に多いことがわかったのである。

*   *   *

まれな病気のアミトロが、
なぜか多発している古座川と穂原の二つの部落を中心とする全面的調査と研究に、
和歌山医科大学が踏み切ったのは昭和三五年(一九六〇)だった。

調査研究の責任者は、当時の神経精神医学教室の木村潔教授だったが、
事実上のリーダーは、当時は同教室の助手だった
現在の神経病研究部教授・八瀬善郎博士であった。
八瀬博士がアミトロ多発地区の調査研究の病理学コンサルタントとして、
助言と指導を求めたのは、早くも出色の神経病理学者の聞こえが国外でも高まっていた
東京大学医学部脳研究所教授の白木博次博士だった。

やがて紀伊半島とアメリカ領グアム島に集積発生した
アミトロとパーキンソン病にアルツハイマー病をジョイントさせ、
その3つの神経難病に共通するとみられる発症原因の解明にこぎつける
病理学の白木・疫学の八瀬コンビは、このときに生まれたのである。

*   *   *

「足萎え病」と言われ、「むろ病」とも呼ばれた紀伊半島のアミトロは、
八瀬善郎教授が先頭に立った和歌山医科大学の徹底した調査と研究で、
和歌山県古座町古座川と三重県南勢町穂原の二地区に
集積発生していた事実が、まず明らかになった。

古座川では、住民検診でアミトロ六例と類似症例十四例が見つかった。
部落の住民数から換算した十万人を基準とする有病率は、
六例のアミトロ患者に限ってみても、全国平均の二四倍強に当たる高率だった。
昭和二一年(一九四六)から同四〇年(一九六五)まで
二〇年間の死亡診断書の検索では、アミトロによる死亡者二一人が確認された。
各年ごとに換算したアミトロによる死亡率は日本の平均の約二〇倍だった。
集積発生地のらく印は免れなかった。

穂原は住民数が古座川の3分の1弱の小部落だったが、
調査結果は、古座川に増してショッキングであった。
住民検診で見つかったアミトロ患者は4人だったが、
住民数が少ないので一〇万人基準で換算した有病率は、
日本の平均の五〇倍に相当する二〇〇人になった。
しかも、昭和四年(一九二九)から同四三年(一九六八)に至る
四〇年間のアミトロによる死亡者は、五五人にのぼっている事実が明らかになった。
人工一〇万人当たりで求めると有病率は五五・三、
死亡数は四五・〇の異常な高さを示したのである。

予想外の発見もあった。
調査の対象にはしていなかったパーキンソン病患者がかなりの数見つかったのである。
しかも、その多くに痴呆症状がみられた。

*   *   *

地質調査では、古座川も穂原も、
土壌がアルミニウムとマンガンを多量に含有している事実が明らかになった。
両地域に休鉱になっているマンガン鉱山が存在したのは、偶然にしてはでき過ぎた一致だった。
一帯の土壌がアルミニウムを高度に含有するボーキサイト質であることも、共通していた。

結果は、米の分析に顕著に現れた。
古座川と穂原で取れた米は、対照地区の産米と比べてアルミニウムを多量に含有し、
マンガンも多く、カルシウムとマグネシウムが逆に少ない特徴がわかったのである。

牛の毛の分析も試みた。2つの地区と対照地区の牛の毛を、
牧草を食べる5月以降と固形飼料飼育になる12月以降に分けて採取し、
分析して調べたのである。
古座川と穂原の牛の5月以降の毛からは、
急速に増加するマンガンとアルミニウムが検出された。
ひきかえて、対照地区の牛の場合は、
5月以降の方が逆にマンガンもアルミニウムも、
わずかながら減少している結果が出た。

水質調査は、2つの地区ではカルシウム、マグネシウムが極端に少なく、
アルミニウムやマンガンが多く含まれていることがわかった。
結論的には、古座川と穂原の住民は、環境的条件によってカルシウム、マグネシウムの摂取が少なく、
その一方でアルミニウム、マンガンなどの金属をかなり摂取している可能性が認められたのである。

グアム島における疫学調査[P.108-109_115-117]

日米共同研究の対象となったアメリカ領グアム島の神経難病は、
島の最南端にあるウマタック村を中心に住んでいる原住民チャモロ族の間に多発した。
罹病者数も発生率も、やはり日米共同研究の対象になった紀伊半島の古座川、
穂原地区をはるかに上回った。

チャモロ族のなかにアミトロとみられる患者が何人もいるのを、
アメリカの神経病理学者が知ったのは、
第二次世界大戦が終結した一九四五年(昭和二〇年)であった。
島に1ヵ月滞在するうちに死亡したニ人の患者を、
さっそく解剖した医学者は、アミトロ患者であることを確認した。
そして、少なくとも7人の患者の現存を知った。

アメリカ政府は、その報告を重視して、直ちに臨床・疫学的調査団をグアム島へ派遣した。
一九五六年(昭和三一年)には、ワシントンにある国立医学研究所の現地研究センターを、
同島の米軍病院内に設置した。
一九八三年(昭和五八年)の閉鎖まで、アメリカの著名な医学者は当然として、
白木博次、八瀬善郎両博士を含む日本や各国の有能な医学者の参加を求め、
調査・研究を精力的に進めた。

結果は、驚異的でさえあった。
現地研究センターが、閉鎖前年の一九八二年(昭和五七年)までにリストアップした患者は、
アミトロ四二三人、パーキンソン痴呆三三六人、
アミトロとパーキンソン痴呆の合併症三八人にのぼったのである。
人工一〇万人当たりに変換した有病率は、
パーキンソン痴呆を含むパーキンソン病は七一・九で世界の平均の約一・五倍だが、
アミトロは実に一三一で世界の平均の約三三倍の高率だった。
しかも、アミトロ患者が最も多かった一時期は、一〇万人当たり四〇〇人に達し、
世界平均の約一〇〇倍の有病率を示していた。

*   *   *

地図を見ると、グアム島は、紀伊半島から南東に走っているマリアナ火山帯の上に乗っている。
紀伊半島とグアム島に地質の近似する地域が存在するのは、
同一火山帯上に位置している連関現象としてとられることができようか。

<中略>

地質調査でまず、島の北半分は珊瑚礁による石灰岩、
チャモロ族の居住地区を含む南半分は火山岩で形成されていることがわかった。

<中略>

土壌、河水、飲料水から植物、空気に及ぶ放射分析を進めるなかで、
一九七六年(昭和五一年)一一月には、
島の北部から南部まで四〇カ所以上の土壌と飲料水を採取して分析した。
分析は分析技術の権威者として著名だった京都大学原子炉実験所の岩田志郎教授が担当した。

分析の結果は、紀伊半島との近似性をいっそう明確にした。
北部は総体的に土も水もカルシウムやマグネシウムの含有量が多く、
その他の金属は少ないのに、
チャモロ族が多く住む南部地区から採取した土と水野含有成分は、まるで逆だった。
アルミニウムとマンガンが多量に検出されたが、
カルシウムやマグネシウムは極端に少なかったのである。

アルミが神経細胞を破壊するメカニズム[P.130-134]

白木、八瀬両博士は、紀伊半島とグアム島で集積発生したアミトロとパーキンソン病、
そしてアルツハイマー病の疑い濃厚な痴呆症で死亡した患者二百数十体の解剖所見、
患部標本の顕微鏡検査とハイテクの分析によって、
神経細胞核にアルミニウムを主とする異物が多量に存在している事実を確認している。
しかも、核のなかの小構造物の「核仁」のなかにまで侵入しているアルミニウムも見い出している。
両博士にとっての謎は、神経細胞とくに人間の神経細胞の強固な防護障壁のグリアを、
アルミニウムを主とする異物がどのようにして突破し、核ばかりか核仁にまで到達するかだった。

<中略>

紀伊半島でも、グアム島でも、いわゆる神経難病の集積発生地では、
環境的にカルシウムとマグネシウムが異常に少ない。
必然的に住民の摂取量は寡少となり、体内保有は欠乏する。
しかも、アルミニウムは異常に多く存在している。
両博士は、この二つの現実のかかわりを疑わないわけにはいかなかった。

八瀬博士は、動物実験にかかった。
猿をはじめ兎、ラット、マウスなどの異種動物についての
アルミニウムの神経細胞侵襲実験を、一年余にわたって続けた。
アルミニウムなどの神経細胞侵入を拒否するグリアの抵抗力は、
霊長類が格段に強いとしても、
それが絶対性を持っているとは考えにくい実態の究明が目的だった。

実験動物へのアルミニウムの脳内直接注射をはじめ静脈注射、
脳・脊髄腔内注射、皮下注射のほか経口投与など、あらゆる方法を試みた。
単独投与では、兎やラット、マウスには異常が認められた。
しかし、猿に限っては、神経細胞組織に変化は起らなかった。
兎やラット、マウスと比較して、アルミニウムなどの異物に対する抵抗力の強いグリアの働きが、
アルミニウムの神経細胞組織への侵入を許さない現象とみられた。

八瀬博士の実験は第二段階に移った。
猿をカルシウムとマグネシウムの欠乏状態にして、
アルミニウムの経口投与実験に入ったのである。
はじめにカルシウムとマグネシウムの欠乏状態にするだけの実験を試み、
次いでアルミニウムの経口投与を行った。
この実験で八瀬博士は、猿の神経系に現れた著しい変性を見い出した。
カルシウムとマグネシウムの欠乏状態にした段階で、早くも変化は現れた。
アルミニウムを投与すると、変性は顕著になった。

変性は脳と脊髄の神経細胞組織に現われた。
解剖して採取した脳と脊髄の切片の原子顕微鏡所見によると、
神経細胞の核を中心とする組織全体にアルミニウムの存在が認められた。
細胞核の表面面積が減少し、神経線維の軸策は膨化していた。
しかも、アルミニウムの経口投与を継続するにつれて、それらの変性は徐々に進展した。

一年余を費した八瀬博士の動物実験の結果は、予期に反しなかった。
神経細胞組織への異物の侵入を許さないはずの猿の血管のグリアも、
特異の条件化では、経口投与されたアルミニウムの通過を許す事実を、明確に示したのである。

<中略>

神経細胞に不可欠の生体元素であるカルシウム、マグネシウムが欠乏すると、
神経細胞は体内に蓄積しているアルミニウムなどの異物を呼び込んでしまう。
その一方で、骨のカルシウムを動員して神経細胞に送り込む体内補給活動が進行し、
神経細胞組織には異常に多量のカルシウムが溜まってくる。
必然的にカルシウムとアルミニウムなぢの異物は結合し、
カルシウムは本来の有効性を失うことになる。
アルミニウムなどの中毒そのものというより、一種のカルシウム中毒ともいえる現象で、
その進行につれて神経細胞の破壊も進行し、アルツハイマー病などが発症する。

寝た切り老人の爪切り秘話[P.194]

白木 無医村を巡回診療しておられる長野県の病院長が、
私にこんな話をしてくれました。
寝たきり老人を訪ねたとき、診療する前に、家の人に、
病人さんの爪をよく切っておくように頼むというのです。
なぜかというと、診療中に病人が院長の手をぎゅっと握りしめて、
「先生、どうか早く楽に死なせてください。
家の誰も親身に私の面倒をみてくれないんです。
なにしろ息子の嫁も、昼はパートで外出していて家にはいません。
それも仕方のないことだとあきらめています」とかき口説きながら手に力をこめるので、
伸びた爪で皮膚が破れ、血が噴きでてくるといいます。

白木博次名言集[P.169-171]

「独創性は孤独のなかで熟成する」――は白木博士の一家言であり、
医学の研究を含む自らの生き方を凝集している。
そして「豊富な体験の蓄積と深い思索に裏付けられた独創性の開花は、
既成の概念や教科書的な定説に、素朴な疑問を投げかけるところからはじまるのです」
と前提して、次のように解説する。

「独創性を欠く人生ほど無味乾燥なものはないでしょう。
独創性のある研究は学問の発展のうえで重要な価値をもちます。
独創性は、ときとして独善性や空虚な着想にすりかえられる危険がありますが、
それを防ぐためには、常に謙虚であると共に、
絶え間ない自己反省と自己鍛錬を積み重ねるほかはありません。
そして、少なくとも人生の半ば過ぎまでは大切に温め、
熟成させておかなければ、独創性の真の開花は期待できませんね」

亜流を排して、常に独創的研究に専念してきた白木博士が、
自らに課してきた自戒自律の箴言しんげんとも受け取れる。
そしてさらに、核心に触れる。

「人の生涯的諸活動のなかで、肉体的活動の落ち込みは比較的急速ですが、
精神的活動の頂点は六〇代にあることは、精神医学的に明白です。
そこまで大切に温められ、熟成した独創性は、
例えれば、熟成したすぐれた銘柄のウイスキーなどと同じといえましょうか。
けれども、その人生は、名利とは無関係な孤独のうちに終始するかもしれないことを、
あらかじめ覚悟しておく必要もあるのです」

「その孤独さに耐える最善の方策は、
極めて少数のよき師、よき友の適切な助言を求めることです。
それが期待できないひとは、そのたびに古典をひもとくことです。
それによって、独創性に終始する人生をあえて選択し、
孤独のうちに卓抜した生き方をした先人達の見事な
生き様と死に様のすべてを読みとれるからにほかなりません」

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