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書籍と雑誌の要約と解説

恐るべき化粧品被害

資生堂ほか大手メーカーの魔術商法

装丁
恐るべき化粧品被害 恐るべき化粧品被害
伊達四郎(ジャーナリスト)
青年書館
ISBN4-7918-0086-9
1984/03/31
¥980
目次
  1. 化粧品被害に立ち上がった女性たち
    1. 素肌、素肌というけれど
    2. こんな“素肌”に誰がした
    3. 大阪化粧品被害裁判とは
  2. 化粧品のもつ様々な矛盾
    1. 抗アレルギー化粧品の開発のきっかけをつくった化粧品被害訴訟
    2. 無香料の抗アレルギー化粧品など企業の免罪符にすぎない
    3. シンプルさ、合理性で化粧品を売る時代
    4. 間違った肌の手入れ方法を教える資生堂
    5. 化粧品被害に関する情報をにぎりつぶした大手化粧品メーカー
    6. 自然のものは何でもいいと考えるのは間違い
    7. どの化粧法も決して安全とはいえない
  3. 化粧品こそ素肌のトラブルの元凶
    1. 洗顔の本命はあくまでも“石けん”洗顔
    2. 国産石けんの高級化をはかった資生堂
    3. 洗顔フォームも石けんもすすぎが肝心
    4. 日焼け止めクリームを過信するととんだことに
    5. 美をエサに女性をつる化粧品メーカー
    6. メーカーがすすめるぬってぬってぬりたくるメイクアップ方法
    7. 消費者に“アカンベー”をする資生堂
    8. 色の重ねぬりにはご用心
  4. 化粧について考え直すとき(のうめいくクラブ・富山 鳥帽子)
    1. 企業の誠意のなさをつくづく感じた化粧品被害裁判
    2. あまりに無責任な役所の管理体制
    3. 化粧品漬けにされている日本女性
  5. 化粧品の危険な成分リスト
    1. 化粧品の表示成分表(用途と毒性)
文献
  • 化粧品公害被害者弁護団『裁かれた化粧品』[P.15-18]
  • 麻生国男『化粧品業界』
  • 平沢正夫『不良化粧品一覧』
  • 日本消費者連盟『あぶない化粧品』[P.106]
  • 日本消費者連盟『続あぶない化粧品』[P.61_106]
  • 大門一樹・平沢正夫『化粧品の秘密』
  • 戸田浄『“化粧法”常識のウソ』
  • 高須克弥『らくにシミをとる本』
  • 郡司篤孝『化粧品の秘密』
  • 『文藝春秋』1965年4月号[P.74-75]
  • 『アンアン』1983年3月25日号[P.82_138]
  • 資生堂『花椿』1982年1月号[P.88]
  • カネボウ『BELL』1983年4月号[P.95]
  • 『朝日新聞』1983年4月9日[P.107]
  • 資生堂『花椿』1983年3月号[P.118]
  • 『週刊文春』1983年6月2日号[P.124-125]
  • カネボウ『BELL』1983年5月号[P.135]
  • カネボウ『BELL』1983年6月号[P.137]
  • 日高六郎『エチケット』[P.151]
校正
  • 靴も靴下もはいていないから「素足」なのである。⇒靴も靴下もはいていないのは裸足、素足は裸足に靴[P.11]
  • 無責任に取り組み方⇒無責任な取り組み方[P.150]
  • こんな実験をすることは。[P.160]

内容

化粧品有用論[P.54_100]

昭和五十六年十二月、大阪化粧品被害訴訟の和解が成立し、
マスコミにおける化粧品批判キャンペーンも下火になると、
一件落着にホッと胸をなでおろした有名化粧品メーカーは、
自社の影響下にある皮膚科の御用医者や美容家たちを動員して、
女性誌の美容のページなどで、
化粧品は大気汚染や紫外線や室内冷暖房の普及による乾燥から肌を保護する、
と化粧品有用論を堂どうとぶち上げるようになった。

*   *   *

基礎化粧品は水気や油気を肌に与えて紅、
白粉がのりやすくするために使われるものであったのが、
メーカーのあくなき努力と美をエサにしたイメージ広告攻撃が実を結び、
素肌のお手入れ、スキンケアという考え方を、女性たちに植えつけるにいたった。

紅、白粉でメークアップするときにちょこっと使われるよりも、朝晩の洗顔後、
せっせとぬりたくってもらったほうが減りが早い。
減るのが早ければすぐなくなるから客はどんどん買う。
化粧水も乳液も売れ、会社は儲かる! 
美人モデルや一流コピーライターを起用してのスキンケア作戦は、
現時点において大成功を収めたといえるだろう。

資生堂の基礎化粧品(女性のみ)は、
昭和五十五年度で約千百七十八億円の売上げをマークし、
これはメークアップ化粧品の千百十九億円余を上回る。

各化粧品メーカーは基礎化粧品に力を入れるわけだが、
化粧品公害以後、各メーカーの基礎化粧品は良心的を標榜し、
低刺激性化粧品の開発に力を注ぐようになったが、
同時に化粧水や乳液はスキンケア
あるいは素肌のお手入れに絶対に欠くことのできない必需品であることを、
女性消費者たちの頭に徹底的に叩き込み始めたのである。

化粧品批判記事つぶし[P.55-56]

公判中、各メーカーは何事もなかったように、春の新色口紅、秋のアイメークアップ……
とシーズンごとのキャンペーンをテレビCMで流しながら、その裏で金の力にものをいわせ、
マスコミ各社に圧力をかけ、化粧品批判の記事をつぶしにかかっていた。

どこでどう情報を入手するのか、
KGBもCIAも真青になるほど細かい情報網が張りめぐらされていて、
記者が被害者の会を取材し記事を書こうとすると、まるで狙いすましたように、
その新聞社に広告がドーンと入るのだという。

またある新聞記者は、化粧品被害の記事を載せたら、広告部門のエライ人から
「キミの書いた記事のおかげでン千万円がパーになったよ」と肩を叩かれ
化粧品会社の広告が差し止めになったことについての嫌味をいわれたそうである。

社会の木鐸、不偏不党、厳正中立をモットーにしている新聞社だが、
全段ぶち抜き広告を気前よくだす化粧品会社のアメムチ作戦に、
書く側もいつしか“自主規制”するようになり、
化粧品被害の記事は次第に紙面から消えていった。

レモン信仰[P.57-59]

自然のものがいいという信仰は昔からあった。
現在はさすがにすたれたらしいが、なかでもレモン信仰は熱狂的ですらあった。
かつて映画女優の美容法は、レモンにはちみつを混ぜたジュース、レモンパックにレモン入浴。
レモンで肌をこすると、ビタミンCの作用で色が白くなると、
有名人も女子学生もOLも主婦もマジに信じ込んでいた。

レモンの強い酸(PH2)がしみてヒリヒリするのを我慢しながら顔にぬり、
しみて痛いので水で洗い落とした。
肌がよくなると信じて。で、肌は美しくなったか?

レモン美容法に挑戦した女性の答えは、ノーであった。
毎日続けていると肌がつっぱり色艶は失せ、ひからびた感じになり、
若い女性の肌とは思えないほど老けてみえたという。
レモン汁を顔につけ洗い落として太陽光線を浴びると、シミやソバカスが増えた。

その女性はレモンが原因とは思わず、肌のやつれが目立つのは、
“お肌の曲り角”に近づいた自分の年齢のせいだと思ったそうだ。
レモン日用法にも、ハチミツを混ぜたレモンジュースにも飽きたので、
いつしかやめてしまったそうだが、ずっとあとになって、
レモンに含まれたソラーレンという物質が肌につき、
太陽光線を浴びると肌が黒くなったりシミだらけになると聞かされ、真青になっていた。

<中略>

ところが化粧品に関しては専門家の間でも統一見解というものはないらしく、
レモンパックはシミのもとという説はウソだ、という説もあるのである。

レモンパックのあと水でよく洗い流し、そのあとマッサージをするか、
化粧水、乳液をつければよいのだそうである。
パックの際、レモンスライスを顔にのせるのはダメで、
レモンの汁を水で薄め、コットンに浸して顔につけたり、
小麦粉パックに薄めたレモン水を混ぜてぬるといいとしている。

どうしてもレモンを使いたい人は、水で薄め酸を弱めるのがポイントらしいが、
別の専門家の意見では、レモンに含まれるソラーレンは、
いったん肌につけると、最低三日間は残留するといわれ、
夜レモンパックをすると翌朝(晴天続きならば)三日後の夕方まで、
太陽の紫外線を浴び、皮膚のメラノサイトが刺激されることになる。

大阪化粧品裁判[P.142-144]

裁判に費やした月日は五年を数え、経済的にも大きな犠牲を投げたことになったが、
あえて貫こうと決意を新たにしたのは、
開廷ごとに繰り返される尊大で鼻もちならないメーカーの態度が挑発的だったからである。

お金も地位も微々たる弱い女、とあなどった嘲笑が
メーカー側弁護団の席からもれたときは、怨念の炎が胸中を燃えさかるのだった。

弁護士というのは一様に良識の権化のように気高くて、
正義の味方をするものとばかり思い込んでいた
純真無垢のやから(?)なる私たちには、
想像もしなかった場面であり、金ピカ鎖の腕時計をチラチラさせ、
脂ぎったテカテカ顔に薄気味の悪い表情を浮かべ、
ヤーさんまがいの縞のダブルなど着込んでこられると、
メーカーの道化役者のような感じさえしたものである。

<中略>

ひけらかす論法は、裁判の続くかぎり、常に高飛車で傲慢であった。

そんな繰り返しをみていて、本当に化粧品会社の何から何までもが嫌悪をもたらした。

ともかくこれまでに接触してきた化粧企業人間に、
これぞ…と見上げるだけの人物に出会わなかったことは事実である。
憚ることなく野卑なる言葉を発する美容部員が法廷にきていたとき、
何と下々にいたるまでこうなのかとあきれたものである。

裁判も公判に入った五十五年夏のこと、双方の弁護席から応酬があがったとき、
ふと被告側から書証の記号に入れ違いがあることを指摘してきたことがある。

私たちは、わかっているのなら自分で入れかえすればいいのに、
何とつまらないことにケチをつけるものだろうぐらいに静観していたところ、
後部傍聴席にいたS化粧品のユニホームらしい服を着た若い女性が
「ザマァミロ」と発したのを耳にしたのである。

伊藤四郎の化粧と人格の相関関係論[P.146]

最近私は、化粧の度合で相手の人格を推し測ることにしている。

女の顔の五段階評定とでもしておこう。

5、のうめいく(はじめから)。
4、ある時から目覚めて、のうめいく。
3、のうめいくと、時々化粧。
2、ぬらないと化けの皮がみえるから。
1、ぬりたくると格好いいと思っている。

大体3以下の人は、中味の空っぽ人間が多い。
今までならいざしらず、これだけ情報提供されている現在、それすら知らないで、
煙草がうまいと人にすすめている非常識さにつながるものをもっている。

伊藤四郎の化粧品被害体験談[P.147-148]

五十一年十一月七日、化粧品による黒皮症との診断書を医師からもらい、
化粧品店に届けた結果、三日後にメーカーからお見舞いの社員がくることになり、
化粧品店で顔をあわせた。
そこで、治療用の化粧品というのを朝夕にわけてすすめられた。
これが因果な落し穴になろうとは思ってもいなかったのである。
使ってみても相かわらずカユミを感じるので、それを二日後に返しにいったところ、
メーカーの誠意を踏みにじるようなことをしてもらっては感じが悪い
と女店主がいいだす始末。
それならもち帰るが絶対に使わないからといいおいてきたら、
その翌日、カシイの研究部長山根という社員が家を訪れ、
皮膚科学会の帰り道で心配してきたのだから、
今度はこのクリームと化粧水を使ってほしいとまたすすめてきた。
もういらないから帰ってくれと大声で押問答をしていたのが、
休日で在宅していた夫にたしなめられ、「専門家のいうとおりにしてみろ!! 
いつまでも黒い顔では俺もイヤだから」といいだす始末。
とうとうい私はそのとおりにすることにした。

夫もまた、この背景にひそむあくどさなど露とも知らぬ生き方をしてきたせいだろう。

そのあげく、顔が紫色に腫れあがりボロボロが頬からアゴ、額にひろがり、
火事場をくぐり抜けてきたような烈火のごときほてりにさいなまれたのである。

化粧品店に連絡しても、
もう責任はメーカーに渡してあるから直接いってほしいというのである。
夜明けを待つ間も、生きた心地がしないほど辛かった。

そこで大阪のカシイに電話をしたところ、当の山根が
「皮膚に異物をのせたのだから、異常がでるのは当然。
それは生理的に細胞が動いている証拠である。
決して医者にはいかないように」という。
何という理論であろうか。何としても納得のいく筋書きではない。
この曖昧さに気づいて化粧品メーカーに対する疑いを抱き始めたのであった。

その後再三連絡をとっても、出張とか、会議とか、
はては葬儀にでかけているなどといって話しにならないので、
最初、化粧品店に紹介されたエージェントの専務に電話をしたところ、
「今後一切関知はしないから、そのつもりでおれ」と怒鳴りだす始末。
この専務はその前にも「化粧品は水以外は全部有害なのに、
そんなことを知らないで使っていたのか。使うほうが悪いのだ」
となじりだしたことがある。
売るほうは中味を知っていて、
相手にはよいものだから是非とすすめて買わせるとは、
こんな悪辣な商売は他に例があるだろうか。

役所は化粧品公害を取り締まろうとしない[P.150]

私にとって、顔は生命であり、
生命を奪われたのも同然の日々を送らざるを得ないことが悔しくてならず、
消費生活センターへ化粧品をもって相談にいった。
センターでは苦情の受付けはできても、処理ができないので、薬務課へ紹介された。
薬務課では、監視業務というのはあるが、これは上の命令でなければ、
個人の依頼で業者を監視することはできないし、
とくにあなたの化粧品は大阪であるから管轄が違うという。
それでも何とか頼みこんだところ、
大阪市の薬務監視に化粧品事故の発生があったことで報告をしてくれることになった。
それがニか月経っても音沙汰がないので催促したところ、
役所の返事に気がそがれてしまった。
報告はするけれどそれについては調査をするかしないかは、先方の裁量であるから、
返事がくれば伝えるけれど、当方からそれ以上の要求はできないのだそうである。
官庁というのは、タテ、ヨコ、上、下と網の目のような体制で、
国民の生活を守ってくれているものと、
社会科の教科書の筋書きを信じていたところが大違いなのである。
何とも頼りないので、それでは、製品の申請、受理、
審査という係があるのでとまわされた係はこういうのだった。
「書類上の届出申請を受けるが、その書式に間違いはないか誤字がないか、
必要の条件どおり書類が具備されているか調べるだけで、
内容の審議をするわけではない」ということだった。

資生堂と癒着する富山大学教授・山口博[P.152-153]

五十五年の秋、資生堂主催の越中美人コンテストに審査員として出場し、
その発表が北日本新聞の広告欄に載せられたことがある。
資生堂販社の取締役と富山大学山口博教授の名が並べられて、
何か賛辞を述べていたのである。
卑しくも国立大学教授が、一企業の宣伝の片棒を担いでいるのは、
誰がみても理不尽であるし、許せることではない。

私はその切抜きをもって、社会部の記者の所へ真相を確めにいった。
その記者も憤慨していたので、大学まわりのとき本人の意志を聞いてみることになった。
あとで、連絡を受けたところ、教授本人は、資生堂から頼まれたのならでるはずがないが、
広告屋の電通がきて頼まれたので、でたのだといい訳したそうである。
電通が何のために仕事をしているのか知る由もなく引き受けて、
これでも、大学の先生のつもりでいるのか、こちらは、あきれた始末だった。

それでも納得ゆかず、その後、大学の職員組合の委員長にこの事実を問いなおしてみた。
さすがに委員長は、即日教授に確かめてみたとハガキの回答がよせられたが、
相かわらず教授は資生堂主催の行事でなく、あれは、電通だからと言い訳したそうである。
(この回答書は保管してあるから必要ならおみせします)。

富山新聞にも、この事実について広く一般の方の意見を求めてみたいと思い
読者の声欄に投稿したが、地元大学教授の権威失墜問題に関するのでという理由で、
ボツを承諾してほしい、もう少しボカした指摘方法というか、
ごく一般的な問題提起という形なら取上てもよいということだった。

保健所は化粧品による被害届を受け付けようとしない[P.155]

当時たまたま、栄養士会の打合せのことで高岡保健所へ出向くことがあり、
そこの衛生課長さんに相談したところ、
被害としての届出があれば受付けることができるのだが、
個人の居住地の担当課へ申し出なければならないということだった。
私は隣の行政区域だったので、そこの小杉保健所へいくようにすすめられた。
課長同志で連絡をとってくださり、私はそちらへ出向くことになった。
そして、小杉へ出向く旨電話したところ、林原という係がでてきて、
「集団中毒でもない個人の被害は、役所としては受付けられない」というのである。
「ことに化粧品の被害のケースは、どのように受け入れてよいのかわからないので、
分析をしてほしいのなら、県の薬事研究所へ行って
個人的に費用を払ってやってもらえばよい」というのである。

化粧品からカドミウムを検出した高山農村医学研究所[P.156-157]

何はともあれ化粧品の分析をしてもらわなければ、この私の顔を、
こんなにまで醜くしてしまった犯人は一体何という成分なのか、
どうしても早く解明したかったので、心当りを探すことにしたところ、
友人から高岡農村医学研究所に分析専門の方がいらっしゃるということを伝えてきた。
早速にと思っても、頼るツテがないので、
当地出身のY代議士に紹介をお願いするしかない。
直接話さなければと早朝出向いたら、私の顔が以前とまったく違っていたのに気付かれ、
「化粧品というのは、大変なものを使っているそうだね」と話しておられた。

お陰で紹介状をいただき県境所への道が開けた。
研究所では私の趣旨を汲んでくださったのだけれども、
「何が含まれているかわからない分析は最も複雑な方法をとるので大変な労力となり、
経費もまた膨大なものである」とのことだった。
多少のことは覚悟で訪ねた私も三百万円~五百万円ともわからぬとの見積額とあっては、
閉口してしまったのだ。もう一度考えなおしてみることにした。

この医学研究所で分析をお願いすることになったきっかけは、金沢の南部先生が、
化粧品は鉛白の使用が禁止されているため、代替にカドミウムを使っているはずだから、
重金属の検出設備のあるここが近くていいのではないかと教えてくださったのだった。
そのことに基づいて、重金属系のものだけをとりあえず調べていただくことになったが、
研究所が厚生連の病院の付属施設のため、皮膚科で診断を受け、
テストの結果必要なものに絞ることにしてもらった。
そのときの担当の医師は「今頃化粧品に重金属を含んでいるはずはない」
といいきるような口調であったが、
私としては疑いのあるものから手をつけてもらうことにして、
カミド、亜鉛などをお願いしたのである。
結果、私にとって最も疑わしい品種からは、カミド〇・四PPMという数値がでてきた。
普通飲料水や生活土壌では、〇・〇一PPMが許容度との数字から比較すると、相当にひどい数値である。
やっぱり南部先生の指摘どおりであった。
それが、化粧品の原料としては、許可されていないにもかかわらず、
なぜこのような数があらわれたのだろうか。

メーカーでは、許可されていないものを使うはずがないという。
入ったとすれば、何かの夾雑物として混合した可能性があるかもしれないという。
故意か他意かにかかわらず、結果として含有されていれば、
成分としてあげるべきでなかろうか。

何とも割りきれないものがまたぞろでてくるのである。

ここでまた厄介な話にでくわすことになる。
メーカーには原料のことはわからないのだとのこと。
原料屋というのがあり、コンサルタントがいて、
その年の流行の調合とかを指導しているので、
日本にはいくつかのこの原料メーカーが基剤をつくっているのだという。

名ばかりの化粧品研究所[P.159]

長い経験をもっていると自負した研究部長に、
「化粧品が皮膚に及ぼす影響をどのように研究しているのか」たずねたところ、
「皮膚の切片を化粧水などに浸して変化してゆくかどうか実験している」
「変化したり、腐敗しなければよい化粧品と判定する」という答が返ってきた。
これで疑問を感じない人はいるだろうか。

短歌(作・伊藤四郎)[P.162]

屈辱に耐うつまずける日もありし古き暦を今灰となす

これが、短歌時代社新春短歌大会で、はからずも賞をいただいた。
私には万感胸迫るものがあったけれど、多くをいわず、
ただ去る年の古暦として、さりげなく詠んでみたものである。

かきたてられる想いは尽きないけれど、
最近はまた別の方向から皆さんが化粧離れしてくださることを願っている。

裁判が和解に終ったからといって、終止符を打てるものでも、忘れられるものでもない。
イヤらしい化粧人種とかかわることを避けつつ、
化粧に染まりゆく人間を一人でも救いたいという思いが、私を奮い立たせてくれる。

逆波のたつ河越えてふぶきくる雪に対して鳶発たむとす
季過ぎてなほ佇ち尽くす枯葦の未だ見えつつ緑なす原

幾度ならず生をさえ断ち切ろうとした女が、このままの顔では死ねないと、
元の素肌を取り戻したい一心の執着から甦った
心情こころをここに察していただきたい。

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