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書籍と雑誌の要約と解説

ADHDの診断と治療に異議あり

リタリンによる突然死と無差別大量殺人

装丁
ADHDの診断と治療に異議あり ADHDの診断と治療に異議あり
錐沢光
近代文芸社
ISBN4-7733-7266-4
C0036
2005/05/01
¥800
解説

『ADHDははやめに治療するべきもの』と唱える著者は山のように売れているが、
本家アメリカに存在するもう一つの視点は、全く読まれていない。
ADHD診断に疑問を呈するピーター・ブレギン精神科医、
ADHDはそもそも実在しないと唱えるフレッド・ボーマン神経科医、
扱いにくい子供に安易に精神病のレッテルを貼る米国の風潮を批判する
フランシス・フクヤマ元米国国務省政策企画局次長。
そういった人たちの本は、全く翻訳されていないか、されていても目立たない。
ADHD治療薬リタリンで死んだおびただしい数のアメリカ人児童についても、
児童の過剰なADHD診断が問題となり、
製薬会社、CHADD(注意欠陥・多動性障害の子供と大人の会)、
APA(アメリカ精神医学会)が集団訴訟を起こされた事実も知らされていない。
米国で起きた多くの学校の銃襲撃事件の陰にADHD治療薬があったことも、
ヤフーUSAなどを調べれば分かるが、
日本では、薬を服用している児童の人権を考えてか、
発表すること自体がタブーとなっているようだ。

筆者は医者でもなんでもないが、一翻訳者、一教育者として、
あまり知らされていないこういった情報を紹介することにより、
子供に安易な精神病のレッテルを貼り、
危険な『早期治療』を奨励する風潮に警笛を鳴らしたいと考え、
本著の執筆を決意した。

目次
  1. ADHDの生物学的証拠の有無
  2. ADHDの治療薬リタリン
  3. ADHDの支援組織CHADD
  4. 犯罪と精神医薬
  5. 医学と優性思想
  6. これからの教育と社会

内容

ADHD児童に起きる脳異常は投薬治療による影響である[P.14]

我々は、ADHDにかかっている人の脳であるとされる画像写真を、
マスコミなどでよく目にするが、
実は一般的に、診断時には写真を撮られないのだ。
写真は、投薬治療中の児童のものであるという説がある。

ジェームズ・スワンソンとカステージャノスは、
ADHDを持ちながら、投薬治療を行なわず、
放置された子供の脳は、完全に正常な、
ADHDとレッテル付けされたことのない子供の脳と比較したとき、
小さく萎びて萎縮していると、
1998年におけるADHDの合意声明で述べている。
ところがその磁気共鳴影像法(MRI)を用いた研究の全ては、
リタリンなどの投薬治療を受け続けていた
ADHD被験者の脳のものであることを、
のちにスワンソン氏がフレッド・ボーマン博士に対して認めている
(と、ボーマン博士が、自身のホームページの中で述べている)。

生物学的証拠が確実に存在するなら、
脳血管微細症候群とか微細脳機能不全などと
言われていた昔の名前が残るだろう。
そういった名前がすたれていったのは、
確かな器質的な異常が発見できなかったからではないだろうか。

リタリン死亡事例(ヤフーUSA市民人権擁護の会)[P.22-25]

精神科医たちが向精神薬を安全で子供に効くと公言する中で、
多くの親が、悲しい個人的体験から、それが嘘だと知っている。

シャイナ・ダンクル―――1991~2001年[P.22-23]

ビッキー・ダンクルの娘シャイナの人生は、
ダンス教室、ガールスカウト、ピアノの練習、
ソフトボールの試合で満たされていた。
1999年、シャイナが小学2年のとき、教師が言った。
「過度に活動的です。それに自分の順番を無視して喋ります」
診断テストも身体検査もなく、精神科医は、
彼女がADHDであると結論づけ、精神医薬を処方した。
2001年2月26日、シャイナは、診察室で発作に襲われた。
母親が駆け寄り抱きしめたが、数分後、彼女は死んだ。
ダンクル夫人は言う。
「シャイナは、人生を終えるとき、私の瞳を覗き込みました。
私は、あの子を救うために、何もしてやることができなかった。
あれから2年間、毎日、あの数分間が蘇ってくるのです。
どんな親御さんも、
こんな悪夢を背負って生きるべきではありません。本当です」
検死により、シャイナの死因は、
処方精神医薬の中毒であったことが分かった。

サミュエル・グロスマン―――1973~1986年[P.23]

1986年、13歳のサミュエル・グロスマンは、
『過度の活動性』のために中枢神経刺激薬を処方された後に死んだ。
検死により、精神医薬で心臓の肥大が生じていたことが分かった。
少年の母親は言う。
「この薬を子供に与えることは、
ロシアン・ルーレットをやるようなものです。
どの子が脳損傷を起こし、どの子が死ぬなんて、
誰にも分からないのです。
私はロシアン・ルーレットをやって負けたのです」

マシュウ・スミス―――1986~2000年[P.23-24]

マシュウ・スミスは、7歳でADHDと診断された。
集中力を助けるために中枢神経刺激薬を服用する必要があり、
承諾しなければ、息子の教育的情緒的必要に注意を怠ったとして
刑罰に問われかねないと、両親に告げられた。
マシュウの父親、ローレンスは言う。
「応じなければ子供達を失うかもしれないと、妻も私も怖かったのです」。
『投薬』に何も悪いことはないと言われ、両親は圧力に従った。
しかし2000年3月21日、
スケートボードをしていたマシュウは、心臓発作に襲われ、死んだ。
検死官は、マシュウの死が、ADHDに処方される中枢神経刺激薬を
長期服用したことによるものと結論づけた。

ステファニー・ホール―――1984~1996年[P.24-25]

引っ込み思案なステファニー・ホールは、
オハイオの小学1年生で、本と学校が大好きだった。
ステファニーが『課題についていく』のに
手こずっていると教師が報告すると、
医者は注意欠陥症候群と診断し、中枢神経刺激薬を処方した。
それから5年間、ステファニーは、
腹痛や吐き気を訴え、気分の著しい変化や奇怪な行動を見せた。
1996年1月5日、睡眠中に、11歳のステファニーは心臓不整脈で死んだ。
ホール夫人は、娘と交わした最後のやり取りを覚えている。
「9時よ、ステフ。寝なさい」「OK、マム。愛してるわ」
次の朝、学校に行かせるために父親が起こしに行くと、返事がなかった。

学校襲撃事件の犯人はリタリンを服用していた[P.54-56]

1974年から2000までにおける米国学校襲撃事件の少年犯41人を調査した
シークレット・サービスによる資料には、学校襲撃事件犯の少年のうち、
精神病の診断が下りていた者も、薬物乱用歴やアルコール乱用歴がある者も、
殆どいなかったと書いてある。
(http://www.knowgangs.com/school_resources/deadlylessons.pdf)

ところがこの資料を、別の文献
(大澤博岩手大学名誉教授執筆の『米国の構内乱射事件と精神薬』など)
に照らし合わせて調べると、奇妙なことが分かる。
37件の学校襲撃事件の内訳は、1970年代が3件、
1980年代が5件、1990年代が28件、2000年に1件。
1997年以降は14件であり、うち7件は、確実に精神医薬が関係しているのだ。

1997年12月ケンタッキー。14歳のM・C。
高校で祈祷中、3人を撃ち殺し、5人を負傷させる。

1998年3月アーカンサス。11歳のA・Gと14歳のM・J。
15人を撃ち、生徒4人と教師1人を殺し、10人を負傷させる。

1998年5月オレゴン。15歳のK・K。
両親を殺し、自分の高校で2人の生徒を殺し、22人の生徒を負傷させる。

1999年4月アイダホ。15歳のS・C。
銃を持って学校へ行き、一人の生徒を負傷させ、人質にして約20分立てこもる。

1999年5月ジョージア。15歳のT・J・S。
発泡し、クラスメート6人を負傷させる。

これらは全員リタリンの服用者である。リタリン以外はこの2つである。


1997年10月ミシシッピー。16歳のL・W。
50歳の母親を刺し殺し、
自分の高校で9人を撃ち、2人を殺し、9人に傷を負わせる。
プロザックを服用していた。

1999年4月コロラド。コロンバイン高校。
犯人の1人E・H(18歳)はルボックスを飲んでいた。


コロンバイン高校の犯人は2人ともリタリンを飲んでいたのだと言う説もある。
http://www.seikatsukankyo.or.jp/Project/Inspect_Germany2.html

日本における二大精神医薬関連事件[P.58-59]

日本では、精神医薬が関連する事件には、どのようなものがあるだろうか。
少年事件ではないが、次の2つが有名である。


1999年7月23日、西沢祐司(当時28)全日空機をハイジャック。
長島直之機長(当時51)を刺殺。
1回目の鑑定では、責任能力には言及せず、「アスペルガー障害」と認定。
保崎秀夫慶応大名誉教授による2回目の鑑定では、
「抗うつ剤の投与により、善悪を識別する能力が著しく減退していた」となる。
関係者によると「本来のおとなしい性格とはまったく別人格によるもの」とし、
4種類の抗うつ剤の連続投与により、暴力的な傾向が強まったと判断。
さらに、「追い込まれると抑うつ状態でパニックになりやすいが、
知能は高く、統合失調症やアスペルガー障害の疑いは認められない」
「犯行時は抗うつ剤による欝(うつ)と躁(そう)が混じった状態」と結論。

2001年6月大阪。
池田小学校に乱入した宅間守容疑者は、
抗精神薬セロクエル、抗うつ剤パキシル、睡眠薬エバミールを処方されていた。
逮捕直後は、「事件直前に精神安定剤10回分を飲んだ」と供述していたが、
その後の調べで供述を覆し、事件前には薬物は飲んでいないと供述。
(2001年6月13日の朝日新聞参照)

さて、宅間が処方されていたパキシルに関しては、
もう一つ、アメリカで起きた事件を紹介する。
1998年には2月ワイオミング。
60歳の男性が妻と娘、孫娘を銃で殺害後自殺。
直前にパキシルを二錠服用。
その副作用が原因だと、遺族が製薬会社に賠償金2500万円を求め、
800万円の賠償が認められた。
評決は原因の8割が製薬会社にあると認定。
(2001年6月20日岐阜新聞夕刊参照)

製薬会社がリタリンを自粛しようとするも厚生省に却下される[P.59]

リタリンも自殺願望を起こすことがあることから、
製薬会社自らが旧厚生省にうつ病への適用中止を求めたが、
「他の薬が効かないうつ病患者にリタリンが効いた」
などの症例が当時の中央審議会委員から報告されたことから、
同省は98年、効能を「軽症うつ」から「従来の抗うつ剤が効かない患者」に変え、
うつ病への適用を続けた。

引きこもりの三分の一はリタリン服用者[P.62-63]

神戸市の小川良一内科医は、2003年4月から2004年2月までに、
関西、関東を中心に引きこもりの男女46人を診察したところ、
17人(37%)がリタリンを服用していることが分かった。
処方量の倍を乱用したり、10年近く服用してやめられなくなっているなど、
大半に依存症と思われるケースが認められたと言う。

シャルル・リッシュ『人間淘汰』の抜粋[P.69-71]


『(理想の未来においては)
人類全体の為に、劣った種族は、完全に根源から廃絶される。
種の活力の為に、不完全なものは完全に抹殺されねばならない。


劣った種族を完全に抹殺した後に、淘汰は次の段階へ進む。
淘汰の次の第一歩、それは異常者の抹殺である。
断固として異常者の抹殺を提唱する…(中略)


欠陥のある子供の抹殺も必要だ。
欠陥のある子供を保存する必要性は一切存在しない…(中略)


我々は情け深さとは野蛮であることを認識すべきなのだ。
あまりに情け深過ぎて、ゆえに我々は野蛮人になっている。
聾唖者や白痴、せむし病患者、あらゆる異常者たちをしいて生かすのは野蛮である。』
(『人間淘汰』シャルル・リッシュより)


フランス医学界の天才と謳われたシャルル・リッシュは、
1912年に執筆した『人間淘汰』で名を高め、
1913年にはノーベル医学賞を受賞している。
この頃、精神医学と優生学は殆ど表裏一体であったと言う。

第二次世界大戦中、フランスのヴィシー政権下においては、
優生学会と精神医学会の協力により、
精神病院入院患者4万人の大量虐殺が行なわれ、
1981年にマックス・ラフォンが資料を発掘するまで、
精神医学会の手により隠蔽されていた。
又、小俣和一郎氏の書かれた『精神医学とナチズム』によると、
ナチス最初のガス室殺人は、アウシュヴィッツに先立つ2年以上前に、
州立精神病院において精神障害者に対して行われていたと言う。
ナチス政権下の1933年には、
遺伝疾患を持つ子孫を避けるための優性断種法が制定され、
1940年までに約40万人の国民が不妊手術を施された。

我が国にも、『優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、
母性の生命健康を保護することを目的とする』優生保護法が、
1948年制定後、1997年に改正されて母体保護法になるまで存在した。

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