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書籍と雑誌の要約と解説

ある日、化学物質過敏症

油絵の有機溶剤を吸って発症した老女の闘病記

装丁
ある日、化学物質過敏症 ある日、化学物質過敏症
山内稚恵(元教師)
三省堂
ISBN4-385-36131-2
2003/03/12
¥1400
解説
この本は、化学物質過敏症患者としての私の七年間の体験をまとめたものです。

化学物質過敏症は多彩で、患者によって反応する化学物質はさまざまであり、
症状もさまざまで、患者自身にも予測がつかないほどです。
この本に記したことは、私の個人的な体験に過ぎません。
にも関わらず、この本を出したいと思ったのは、
周りの人に理解されないでいる窮状きゅうじょうはどの患者も同じであり、
私を一例として、患者の置かれた状況を社会に知ってもらいたい、という一心いっしんからでした。

目次
  1. はしがき
  2. 発症
  3. テンペラよ、お前もか
  4. 絵の具の攻撃
  5. 原因不明・治療法なし
  6. 近所の新築工事
  7. アパート探し
  8. どこへ行けばいいの
  9. 施主への要望書
  10. その後のてんまつ
  11. アトリエ行き
  12. 木炭で勉強したこと
  13. ガスよ、お前もか
  14. 酒席の辞退
  15. アルコールのいたずら
  16. 無農薬・有機栽培
  17. 卵と鶏と牛と豚
  18. 夫とゲンタシン
  19. シンナーの処分
  20. 化学物質追い出し作戦
  21. 私たちの親しんできた化学物質というもの
  22. 入浴――キシジシ・ネチネチとのたたかい
  23. 洗濯てんまつ記
  24. ストレッチ体操と指圧
  25. うどんとイカナゴ
  26. 怪人プラスチック
  27. 怪人プラスチック―――塗装
  28. 怪人プラスチック―――波板
  29. 怪人プラスチック―――食品包装
  30. 改築の挨拶
  31. 襤褸らんるのカシミヤ
  32. 便座カバーと抗菌処理
  33. カモミールと入浴
  34. 水道の水
  35. マチの死
  36. 新しいものはみな怖い
  37. 失われた日
  38. 化学物質過敏症の治療
  39. 農薬の来襲とセラミックの空気清浄器
  40. 付録・蚊学物質過敏症を発見したランドルフ医師の生き方
  41. あとがき
  42. 資料・蚊学物質過敏症の患者に対応している医師・医療機関等リスト
文献
  • 春山茂男『脳内革命』[P.114]
  • セロン・G・ランドルフ『人間エコロジーと環境汚染病』127頁[P.140]
  • スチーブン・ロック&ダグラスコリガン『内なる治癒力』[P.146]
  • 国民生活センター『たしかな日』「生活の中の抗菌加工どこまで必要?」№131,1997年6月号[P.159]
  • セロン・G・ランドルフ『ランドルフ博士の新しいアレルギー根絶法』[P.215]

内容

油絵が原因で化学物質過敏症を発症[P.10-11]

化学物質過敏症を発症はっしょうしたのは、一九九五年の六月だった。

その日、私はアトリエの壁に油絵のキャンパスをずらりと並べて、下塗したぬりをしていた。

そでをまくりあげたきたないジーンズ姿で、
ペンキ屋の使う柔らかな大きなブラシで、白いどろりとした液体を塗りつける。
これが実は、アクリル系合成樹脂じゅしで、
防毒マスク着用の必要な建築用塗料であったとは知らず、
画材屋にすすめられるままに使っていた。

<中略>

この日は、磨きをかけている最中さいちゅうに、急に頭痛と目まいがして、
何もかもうっちゃってしまいたい疲労感ひろうかんにおそわれた。

翌日も、塗りをくり返しているうちに、また激しい疲労感とめまい、頭痛におそわれた。
発熱三十七・五度。
三日目も同様で、刷毛はけをバケツの水に投げ入れ、
手を洗うのがやっとで、とうとう放りだして、夕食の準備をする時まで寝てしまった。

次の日、病院へ行ったついでに内科の診察を受けた。
私には狭心症きょうしんしょうの持病があり、
たまたまこの日が循環器科じゅんかんきかの受診日だった。

帰宅後、わずかの塗り残しを終えようとアトリエのとびらをあけると、
頭にガンと一撃いちげきがきた。
あわてて扉をしめる。
一体どうなったのだろう。
なぜこんなにアトリエが刺激するのかわからない。

近所の新築工事で悪化[P.25_34]

一九九六年九月、二十五メートルほどへだてた北側ので新築工事がはじまった。

<中略>

ある日、きしるようなキーッという音がしはじめたかと思うと、
たちまち頭痛と、くらめき、舌の灼熱感しゃくねつかんにおそわれた。
窓をあけると、うっすら白い煙がたっている。
ビニール製品か何かを焼きはじめたのかと思ううち、
顔がピリピリし息が苦しくなってきた。
あわてて北側の窓を全部しめた。
夜に入っても、頭痛と舌のける感じが残り、
唇の内側に数個の水疱すいほうができた。

*   *   *

北側の新築の家の入居は一月中頃と聞いていたので、
もうこれ以上刺激の来ることはないだろうと考えたのは甘かった。

前年十二月、その家は、ガレージと玄関へのアプローチに鉄道の枕木の廃材はいざいいた。
おまけに、バンガロー風に板を張った外壁に、キシラデコールという塗料を塗った。
わが家は地獄じごくとなり、朝も昼も夜も、激しい頭痛と胸痛きょうつうに苦しめられた。

せきで寝入ることもできず、空気清浄器もお手上げだった。
この家から逃げだそうと決心し、家探しをはじめた。

備長炭の空気浄化作用[P.56-57]

出入りの米屋に目的を話して備長炭を頼んだ。
すぐ翌日持ってきてくれた。
B燃料の宮城県の備長炭で、直径五センチぐらいの姿の美しい炭だった。
炭と炭を強くぶつけると、カーンと金属的な音がして、いさぎよく折れた。

早速さっそく数本ずつ紙にせて部屋に配る。
アトリエの三つの押入おしいれの上下段にそれぞれ数個ずつ入れ、
中央のテーブルにも大量に載せた。

効果はかなりあった。
新築した家からの激しい刺激で終日掃除そうじと洗濯に追われていた気持ちも、少し楽になった。
置いたばかりのニ、三日は、ことに室内の空気がきれいになった。

しかし、一週間ほどすると少しずつ息苦しさが増し、
十日するとえられなくなった。

ガスコンロ使用不可[P.62]

昼食に卵をうでようとして、ガスに火をつける。
その横で、ポットを満たすためにやかんで湯をわかす。
急に後頭部が石をつめたようにこってきて、胸が痛くなった。
朝、湯をわかす時も同じように気分が悪くなった。
これ、都市ガスの反応?

夕べもそうだった! と昨夜のことが思いだされた。

衣服に付いたアルコールの匂いにも反応[P.67]

由紀の家で夕食をして帰ってきた夫の体と衣服には、
アルコールがみついていて強く臭った。
由紀の家で入浴してきたにもかかわらず、
すぐシャワーにかかって衣服を全部取り替えたが、
臭いは取れず、結局もう一度入浴する始末しまつだった。

由紀の家族は、土曜ごとにやって来てうちで晩餐ばんさんを共にするのが習慣だったが、
急速に私の化学物質過敏症が進み、私から「当分、会食をやめよう」と言いだした。
私は仕方がないが、夫には気の毒だったので、夫だけ招待してもらった結果がこれだった。
大人三人でワインを一本あけただけだというのに、夫の着ていた服は二度洗うことになった。

平飼いの鶏卵でも×[P.81]

卵に突然反応を起こしはじめた。
十個入りのケースのままでにおう。
C店のも他の店のも。
焼くにしてもゆでるにしても料理がつらいし、
食べればおなかが大騒動おおそうどうになって、体じゅうがゆれる。
食べずに入ればいれば生きていけないから少しの反応なら覚悟を決めて食べる。
時にはひどくて、冷蔵庫へ入れれば他の食品に移るので処分するしかない卵もあった。
何年も前から食べていた生協の平飼ひらがい卵だったのに。
健康食品店の高い卵はほとんど反応がなかった。

傷薬を使った後の家に居られない[P.85-87]

突然、するどく舌の先が灼け、やがて腹に入って全身ゆれる感じになる。
胸痛きょうつうが激しく、呼吸が苦しくなる。
ひどい殺虫剤や、新手あらてのやなぁと思ったら夫が二階から降りてきた。

「何かしやへんだ? シュッにしたらひどすぎるのやけど」

と言う間に、目の前にまくが降りて暗くなってきた。

「部屋で薬つけてきた」と、夫はちょっと困惑こんわくした顔をした。
切り出し小刀こがたなを取ろうとして誤ってさやのほうをつかんで、
怪我けがをしたのだと言う。

「ヒビデンとゲンタシン!」とっさに私は叫んだ。

一か月ほど前、ほんの少し使っただけで恐ろしい思いをしたあれだ。

あの時、ヒビデンのひどい反応におどろいてを石けんで洗って落とし、
その代わりにとゲンタシンをチューブからほんの少しだして指先でのばしたら、
ひっくり返りそうになった。

<中略>

「ごめん、もう洗い落とすわ」と言う夫に
「傷口の消毒は大事やし、いいわ、いいわ」と言ったものの、
夫の体からは一斉いっせいるような刺激があって、
激しい胸痛に息がつまる。
逃げだそうとしても起きあがれない。

夫は「シャワーにかかるわ」とビニール袋を二重に傷口にかぶせて輪ゴムで止め、
いつものように夕食前のシャワーを浴びて出てきたが、強い刺激は一向におさまらなかった。
それどころか浴室も洗面所も廊下も階段も、鋭いゲンタシンで満たされた。

「ともかく、離れていてちょうだい」

と言って、ようやく台所まで逃げだし、椅子いすを二つ並べて横になる。

薬品は濃密にただよい動けない。
夕食の仕度したくが気になるがどうしようもない。
夫は二階の自室にあがったままだが、私の寝室は夫の部屋の隣りだから、
この様子では薬品の刺激で眠ることなどできそうにないという不安でいっぱいになり、
どの部屋からも一番離れているアトリエの南につきでた和室に行ってくれるよう二階の夫に電話する。
私は動けないまま八時近くになった。

夕食の仕度、といっても美佐が持ってきてくれたものを取り合わせて盛るだけだが、
ともかく、身をひきはがすようにして起きあがった。
ふらふら全身がゆれ、足の関節が制御せいぎょ能力を失ってぐらつくのを用心しながら、
なんとか冷蔵庫から食物を取りだし、皿にった。
盆を持って、こんにゃくのような足で肩を壁に寄らせては十センチほどずつり足で進む。
廊下もアトリエも、ゲンタシンの鋭い刺激が満ちていた。
盆をふすまの前に置いて、もう一度引き返してポットと急須きゅうす湯呑ゆのみを持ってきて声をかける。

寝転ねころんでいた夫が「ゴメンヨ」と、もう一度言ったが、
「傷はほっとけへんし、あわてたら私でもするわ」と言ったものの和室の反応はすごい。

化学物質を洗い流すために入浴は欠かせない[P.102-104]

私は日に二回入浴する。
そんなことを言うと「よろしいな、お気楽で」と言われそうだが、
私にとって入浴は、さしせまった生理的欲求となっている。

皮脂ひしあせと共に出てくる化学物質らしい刺激は、
時間と共に蓄積ちくせきを増して、びっしりと皮膚をおおい、
毛髪にもたまりこみ、どうにかして入浴時間が遅れると、
閉塞感へいそくかん猛烈もうれつに苦しくなる。
頭痛がして、肩・首・背中の筋肉痛きんにくつう、首のリンパせんれてきて痛む。

<中略>

浴槽よくそうに身をしずめ、温かさに気分がほどけてうっとり目をつむる。
しばらくすると、湯の表面の空気がけわしくなって頭痛がし、せきが出る。
温まった顔や頭髪からさかんに刺激が出るせいだと思われる。

最初に髪の毛を洗う。
二度洗いするが、終わる頃には猛烈もうれつな刺激が浴室を満たす。
おなかが硬直こうちょくし、息がつまってくる。
刺激で手がうずきだし、指も降参こうさんして速度がにぶる。
換気扇かんきせんで刺激を追いだし、浴槽に避難する。

<中略>

浴槽から出て体を洗う。
たっぷり石けんをつけて、ていねいに全身を洗い終わっても、
先に洗ったところから体脂肪らしいネチネチがくりだしてきて、
何度洗っても石けんとネチネチ・ギシギシとのたたかいは終わらなかった。
ネチネチは、体が冷たい時や乾燥状態の時は白いギシギシに変わる。

ギシギシは全身に出ているようだったが、手が特にひどかった。
どうやら石けんがギシギシの原因らしいとはわかったが、
ギシギシの基本成分である刺激を出す皮下脂肪らしいネチネチは、
石けんなしには分解せず、体の表面から落とすことができない。
この閉塞感へいそくかんからのがれるために入浴するのだから、
石けんを使わなければ、入浴の意味はなくなってしまう。

衣服の残留洗剤に身の毛がよだつ[P.107_113]

水すすぎを二回しても、繊維せんいに残った洗剤の刺激で、
洗った肌着を身につけるとぞっと全身の毛が立つ感じになり、
目の前が白くかすんで呼気から刺激が出る。
湿疹しっしんがチクチクする。
洗濯機で洗ったタオルで顔をふくと、
顔にこまかな毛がすりつけられたような感じになる。

石けんは、何度かこころみたがどれにも反応した

*   *   *

美佐が「これ使えると思うけど」と洗濯石けん液を置いていった。
何度もためしてりていた私は、
物置の上に置いて、一か月ほど時々立ち寄っては刺激がないか調べた。
フタをとってどういうこともなかったので、
バケツに一滴落としていでみた。
石けんしゅうはあっても刺激がないことを確かめた。
もう使えなくなったボロを定量の使用量で洗ってみて、
合成洗剤のような刺激がないことを知って、驚喜きょうきした。

これで、洗濯物を干す時に息がつまって肩がこった合成洗剤の時のようなことはなくなった。

指圧が変形性膝関節症に卓効[P.116]

冬場は足先が特に冷え、電気敷布を最大にして一時間たっても温まらないのが常だった。
指圧の本には、おなかや腰にまで冷えに関係するツボがあると書いてある。
おそるおそるその周辺にある「大巨たいこ
というツボを探ってみると、軽く脈が触れた。
これやなとゆっくり押したとたん、ぱっと足の裏が温かくなった。
二度三度ゆっくり押さえると、どんどん温まって、
十分もしないうちに足の冷えはなくなった。
これには脱帽だつぼうして治療効果を調べてみた。

あるわあるわ……。
のぼせ、え、低血圧ていけつあつ糖尿病とうにょうびょう
腹のり、不眠ふみん腎炎じんえん
座骨神経痛ざこつしんけいつう…。
ただ、大巨だけでなく、他のツボも同時に指圧することでがあるのだという。

以来、指圧に興味をもった。
ぎんえん、頭痛、肩こり、背中のこり、
便秘べんぴなどに一定の効果があったが、
特に卓効たっこうがあったのは先にあげた変形性膝関節症へんけいせいしつかんせつしょうである。

化学物質過敏症患者御用達のセラミック空気清浄器「ピュア8」[P.211-212]

絶望の日々に、忽然こつぜんと現れたのがセラミックの空気清浄器「ピュア8」だった。

農薬来襲で乏しい時間が奪われるとこぼしていたら、
由紀が朝日新聞の切り抜きを持ってきた。
もプラスチックも使用しない陶器製(セラミック)の
空気清浄器を八木勝彦氏が開発した」という記事で、申し込み先まで書いてあった。

以前、わが家には活性炭式空気清浄器五台と電子式空気清浄器が三台あったが、
どちらもある日突然、反応して使えなくなった。
以来、三年あまり、侵入する大気汚染にも、
室内にうっかり置かれた郵便物にもまったくの無防備状態になっていたので、
活性炭もプラスチックも使わない空気清浄器と聞いて、喜んですぐ注文した。

<中略>

おそるおそる近づくと、
セラミックの空気清浄器を中心に半径ニメートルほどのなごやかな空気の球体ができている。
それは長い間忘れていた何の刺激も含まない、優しい空気だった。

感動した。この空気は私を守ってくれる! 
この空気清浄器は室内に侵入する農薬や煤煙ばいえんを取ってくれるにちがいないと直感し、
雨戸も鎧戸もしめ切って帰った。
半日たって、部屋がしっかりとひどい外気から独立しているのを確認して、
翌日からわが家に入れた。

隣りの三畳間じょうまの机の上に置いて寝た夜は、
朝まで目覚めざまめずに眠ることができた。

<中略>

セラミックの空気清浄器は、夜の呼吸困難から私を救って安眠させてくれた。
おかげで、昼間農薬が散布された日も、
きついなと思いながらも食事もでき、筆をとることもできるようになった。

思いがけない余徳よとくは、外から来た人に会えるようになったことだった。

このセラミックの空気清浄器を二台置くと、三、四人で一時間くらい話すことができた。
着衣ちゃくいは家庭で石けんで洗ったもの、
化粧けしょう香料こうりょうはご遠慮えんりょをという条件付きではあったが。

私が気に入ったのは、機能性だけでなく、このセラミックの空気清浄器は、
およそ機械という概念からかけ離れていることである。
然るべきところにそれらしく置けば、誰でも工芸品とまちがえそうなほど、それは美しい。

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