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書籍と雑誌の要約と解説

不良化粧品一覧

資生堂よ、反論せよ

装丁
不良化粧品一覧 不良化粧品一覧
平沢正夫(ジャーナリスト)
三一書房(三一新書)
ISBN4-380-80005-9
1980/10/15
¥800
目次
  1. ホルモン化粧品の恐怖と暗闘
    1. コーヒーのような生理が
    2. 後遺症の地獄を書いた手記
    3. ピルに匹敵する摂取量
    4. お家騒動と内部告発の渦中
    5. マスコミと厚生省に絶望
  2. 超音波美顔器のあわれな末路
    1. 泡と消えた泡のブーム
    2. あり得ない低パワー超音波
    3. 狙いは顔の洗濯の省力化
    4. 韓国にたれ流し輸出も
  3. ひろがりゆく被害と汚染
    1. 年間八五万人の大被害発生
    2. 三人に一人から二人に一人へ
    3. 被害者いびりの夜討ち朝がけ
    4. 口からでまかせのセールス
    5. 偉業!被害発生率七割を突破
  4. 被害の深部を切りひらく
    1. リール黒皮症地獄との“妥協”
    2. パッチテストとズダンⅠ
    3. 破壊力抜群の累積性皮膚炎
    4. ファンデーションの猛毒色素
    5. 発ガン物質ニトロソアミン
  5. ストップ・ザ・化粧品産業
    1. 構造不況業種への転落近し
    2. 再販制と高度成長の軌跡
    3. 新参入と新製品発売の破綻
    4. 資生堂エクボ商法の衝撃波
    5. 花王石鹸との仁義なき戦い
  6. “夢を売る”メーカー群の醜怪
    1. 札つき危害メーカーのポーラ
    2. 近代化に失敗、水面下へ潜行
    3. コーセーの荒稼ぎ秘密装置
    4. カネボウと灰色スキャンダル
    5. 美容講座と美容部員の壁
  7. 資生堂の女性蔑視をあぶりだす
    1. ふしぎなふしぎな入場禁止
    2. 女を差別して女で儲ける
    3. 抹殺された職場の女性保護
    4. 「やめろ、いい女」の非常企業
  8. あまりにもひどい原価と成分
    1. 二五〇〇円の原価一二円也
    2. 夢をぶちこわす成分表示
    3. 業界に奉仕する薬事法改正
    4. 広告と記念品の正体暴露
  9. 厚生省は厚かましく生きる
    1. 局長通知の虚偽不当表示
    2. 消費者殺しの化粧品許可制
    3. 顔に塗りたくる産業廃棄物
    4. 国民は不信、メーカーが信頼
  10. ノーメイクへの全面対決
    1. 対話集会から賠償請求へ
    2. 皮膚科医のネットワーク
    3. 嘘っぱち消費者対策の破綻
    4. なんのために化粧するのか
文献
  1. 大歳修『“化粧品”犯罪』70-71_146頁[P.27_231-232]
  2. 『女性自身』1980年3月27日号[P.41]
  3. 日本消費者連盟『消費者リポート第376号』[P.42_51_53]
  4. 『電波新聞』1979年11月7日[P.44]
  5. 日本経済新聞社『ショッピング』1979年9月号[P.52]
  6. 平沢正夫『化粧品の証明』210_190-191頁[P.65_144]
  7. 岸春雄&村田哲也『現代香粧品学』[P.98]
  8. 『朝日新聞』1978年7月17日[P.102]
  9. 『皮膚科の臨床』1968年11月号[P.133]
  10. 『週刊新潮』1980年7月10日号[P.145]
  11. 『朝日新聞』「ひととき」1980年3月8日[P.147-148]
  12. 『日刊ゲンダイ』1978年5月23日[P.159-160]
  13. 『朝日新聞』「ひと」1978年2月22日[P.160]
  14. 日本消費者連盟『消費者リポート』1979年8月7日[P.171-172]
  15. 坂井幸三郎『資生堂驚異の販売組織』137頁[P.196]
  16. 『薬発44号』1961年[P.200-204]
  17. NHK『暮らしの経済』1980年5月10日[P.213]
  18. 『ニッポン消費者新聞』1979年2月2日[P.221]
  19. 日本消費者連盟『消費者リポート344号』1978年12月17日[P.226]
  20. 『医薬ジャーナル1977年1月号』「美容外来について」79頁[P.232]
校正
  1. 『化粧品の証明』一九〇~九一ページ⇒『化粧品の証明』一九〇~一九一ページ[P.144]

内容

フルベールのホルモン化粧品禍[P.11-16_22-23_35]

マリーブ化粧品梅田販社。
大阪駅から一キロメートルほどしかはなれていないところだが、
軒の傾きかかった家などもみえるあたり、いささかうらぶれた下町風情の小路に面している。
アドレスは大阪市北区中崎西三の二の三〇.
販社長の森下*江は、取材で訪ねた私のために、
となりの喫茶店からアイスコーヒーをとってもてなしてくれた。

「きたない話ですけど、そのコーヒーみたいな色の生理が出るんですよ」
「えっ!」

絶句する私を前に、森下はかたわらの女事務員に、「あの紙を出してみて」と声をかけ、
日付けをぎっしりと書きこんだ縦長の紙が私に手わたされた。
それは“あの日”以来の彼女、および同僚たちの生理日を記した紙であった。
日付のうしろに、「赤」、「黒」とある。色の記載である。

取材者とはいえ、
はじめてきた中年男にこういうものを無造作にわたすことからもうかがわれるが、
森下はきわめて庶民的で、気さくな人である。
そして、まさに口から先に生まれたという形容ぴったりに、
つぎつぎにしゃべりまくるのだった。

彼女は、いまのマリーブ化粧品にくるまえ、
一九七三年に、訪販化粧品フルベールのセールスになった。
持ち前の口八丁手八丁の性質から、水をえた魚のようにセールスの世界で頭角をあらわし、
一販売員から梅田営業所長に昇格。
全国の販売コンクールでつねに上位をおさえるスーパーウーマンであった。

<中略>

あの日――森下は、ある大衆健康雑誌でホルモン入りクリームの副作用を書いた記事をみて、
強いショックをうけた。自分の体の変調に符合することが多かったのである。

「こどもを生むときとおろすとき以外にはお医者にかかったことがないという健康体だったのに、
生理が狂って、出なくなって、オッパイがふくらんで、
洋服がさわっても、風に吹かれても痛いんです。
それから、いやなおりものがあって、絹ごしどうふをつぶしたような、
どろどろの白いのが、とくとくとくとく、いくら拭いても出てくる。
それから、透きとおったのがつららのように出てくる。
そしてね、もう慢性の下痢ですよ。
一日に四回、五回、お手洗いにいくたびです。
だから、いつもアンネをおしりにはさんでました。
体がだるい。どうしようもないだるさで、しかも、それが動くんです。
肩、首、腕……というふうにね。
手や足にこのくらいの(といって指でコイン大の輪をつくる)
紫のまだらがいっぱいできて、おさえると痛かった。
目やにが出ました。黄色いのがたまるんです。
心臓も苦しかったけど、心電図とっても異常はない」

フルベール化粧品のベストセラーは、化粧水をつけたあと、
そのうえにつけるリンクル70(フォリンクル70ともいう)という小じわ専用の透明な液体であった。
二八ミリリットル入り一本五〇〇〇円。
スポイトで中味を吸いあげ、手のひらにとりわけ、顔に塗りつけて使用するものだった。
たいていのセールスが、一ヵ月に一カートン(三六本入り)以上売っていた。

リンクル70は、クリーム70(売価三〇〇〇円の栄養クリーム)とともに医薬部外品で、
ラベルの片すみに小さい文字で、一グラムあたり一〇〇〇国際単位の
エチニルエストラジオールが含有されているとの記載がある。
ほかにもう一点、一グラムあたり一〇〇国際単位のエチニルエストラジオール含有の
トニック70もフルベールから売られている。

森下によれば、フルベールの本社は、営業所長やセールスに対し、
エチニルエストラジオールが女性ホルモンの一種であるといったことはいちどもなかった。

<中略>

ホルモンの効果はたしかにあった。
「つけはじめると、小ジワがなくなり、肌がつやつやする。しっとりする。
だから、もう手ばなせなくなる。ヒロポンとおんなじ、いや、もっとえげつない」と、森下はいう。

<中略>

「フルベール化粧品を信じて売っていた私は、けっきょく、自分がなにも知らず、
お客さんにウソをついていたんだということがわかりました。申しわけなくて……」

彼女は、自分が知りえた真実を客に知らせてわびようとおもった。
販社のセールスと手わけして調査にまわった。
おなじような体の異常を訴える人がぞくぞくとあらわれ、
その人数は、彼女自身をふくめて三六人にのぼった。
いずれも、リンクル70、クリーム70の使用者であった。
三六人の被害状況を症状別にわけると、
「生理不順または生理がとまった」一八人、「生理が多くなった」六人、
「生理痛がひどくなった」二人、「おりものが出るようになった」一一人、
「お乳が張り、さわると痛い」一〇人、「吐きけをもよおす」六人、
「頭痛になった」一一人、「胃痛、腹痛などになった」一一人、
「体がだるくて困る」一二人、「涙が出たり視力がよわった」一〇人、
「シミが出てきた」一一人、「唇が荒れた、皮がむけた」六人
(一人で二項目以上答えた人が少なくない)という有様だった。

*   *   *

責任を感じた森下は、客にあやまると同時に、
リンクル70やクリーム70の使用中止を呼びかけた。
彼女自身もピタッとやめた。
ところが、そのあと、地獄のような苦しみにおそわれた。

「やめたとたんでした。下痢つづきだったんですが、
お腹が痛くなって、うんうんうなりながら、真黒な大便が久しぶりに出ました。
それから生理がはじまった。このときはころげまわらずにはいられなかった。
ものすごくお腹が痛くて……。そして、ドス黒いのが出ました。
おととしの三月、ちょうど子どもの高校の入学式の前でした。
婦人科医にたのんで、オバホルモンの注射うってもらいました」

森下は、医学辞典を読んだり、共産党系の病院の薬剤師の話をきいたりして、
エチニルエストラジオールの知識の獲得につとめた。
その結果、何年ものあいだ卵胞ホルモンをリンクル70とともに外からあたえつづけたため、
卵巣が機能しなくなっているのを知った。

「目のまわりにかさぶたができて、顔はかゆいし、
ほてるし、カサカサで、なにつけても効かなかった。
私、まだ四〇なんですけど、もう老眼なんですよ。
フルベールの化粧品をやめたあの年の三月でしたけど、
口紅の入れものの裏の文字を見るのに、こんなふうにはなさないと読めなくなりました。
それからね、一時は、毛穴がひらいて木綿針で穴あけたような顔になった。
男の肌のようでした。
リンクル70をやめたので卵胞ホルモンがおとろえ、
黄体ホルモンの分泌だけが目だったからですよ」と、
彼女の話はなかなか科学的である。

人によっては、ほかにもいろいろな後遺症が出た。

「やめたあとすぐ、急にふとった人を二人知ってます。
首と膣にイボが出てくる人が多かった。
首に出るのは四〇すぎの人で、黒くて小さいイボがいっぱいできました。
膣にできたのは若い人で、かなり大きいので、お医者に切ってもらった人もいました。
固くて、シンが出てくるんですよ」

これらの症状も、いまはあらかた治ったようである。

「女はボンクラなんですね」と、森下はしみじみ語る。

リンクル70をつけ、エチニルエストラジオールの害作用に悩まされていたときも、
被害者たちは、みんな自分のせいにしてたえしのんだ。
「おりものがある人は、がんになったのかとか、ご主人が遊んできたからかとおもった。
オッパイが張ってきても、こもはをおろしたからだろうというふうに……。
更年期障害だ、大腸菌だ、冷えだとほかの原因にして、化粧品を疑わなかったんですね」

*   *   *

「私はね、フルベールの人から、
『あいつは三六回もこどもをおろしたから、体がおかしくなったんだ』。
そんな手紙をあっちこっちにばらまくようなことまでされたんですよ」

フルベールに買収された読売新聞[P.32-33]

村松基之亮記者はことの一部始終を取材し、カメラマンが何枚も写真をとった。
「朝刊に出すか、夕刊に出すか」といいつつ、
村松は森下を大阪府の薬務課へいくようにと促した。
彼は府庁で分れ、森下をのこして、「フルベールの本社へ取材にいく」と出かけていった。
その後、いつになっても記事は出なかった。
それどころか、三月一二日と一三日の二日つづきで、フルベールの大きな広告が出た。
それも化粧品の広告ではなく、
「積木のような広告で、各営業所の増員募集広告がズラッと並んでましたよ」というわけだ。

「村松さんは、うちからたくさん資料をもっていったので、電話をかけて問いあわせたら、
『掃除のおばさんが捨ててしまったよ』というんです。
新聞社の掃除のおばさんが、記者の机の上にあるものを勝手に処分するなんて……。
そんなことをしたらクビにかかわるぐらいのことはわかってるでしょうに」

日本最大の発行部数を誇る天下の読売新聞も、見えすいたことをしたものだ。

「あとで村松さんは、『上の人間から書いてはならないといわれたので』といってました。
『このあいだの広告はいったいなにか』ときくと、
『そりゃあ、出してくれとたのまれたら出しますよ』というんです。
この話きいて、私は、カネも、力も、地位もない人間は、
この世では泣くしかないんだとおもいました」

エチルニルエストラジオール認可の根拠を明かそうとしない厚生省[P.33-34]

エチニルエストラジオールには、どんな効能効果があるのか。

「それが単独で用いられることはめったにありません。
ビタミン、消炎剤、殺菌剤といっしょに用いられ、肌荒れ防止の効果があります」と、
厚生省薬務局審査課。

では、その効能根拠はいかなる根拠にもとづくのか。

「薬事審議会の専門家が、文献と自分の臨床知見にもとづいて判断したものです」

では、その専門家とはどこの誰某か。どのような文献を参考にしたのか。

「基準をきめた当時の専門家はいま薬事審議会のメンバーではありません。
しかし、いまのメンバーの方も、基準変更の必要はみとめていない。
専門家の名をいえといわれても合議できめるのですから……。
文献についても、誤解をまねくおそれがあるのでお教えできません」

マックスファクターの出まかせデモンストレーション[P.72-75]

一九七九年九月、愛知県に住むNという二三歳の見知らぬ女のひとから手紙をもらった。
ひとりの女がどのようにして化粧と言う悪夢にひきずりこまれていくものなのか、
彼女の手紙の一部を引用してみたい。

<中略>

その人(美容部員をさす=筆者注)の押しつけ販売はすさまじく、大阪弁でまくしたてるんです。
乳液、クリームを使っていないことをいうと買わされそうだったので、
イオナのクリームを使っているというと、その人は
「イオナのクリームは野菜、マックスのは肉、お肌には肉と野菜の両方が必要です」
というんです。
また、クビ専用乳液を売ろうとするので、
「べつに顔の乳液をつければいいんじゃないの」というと、
顔のものを首につけると、首が黒ずんできますよというんです。

また、コンタクトレンズを入れているというと、
「コンタクト使用の人は、普通の人より目のまわりがしわしわになる」といって、
アイスクリームを出してくるんです(これらは本を読むまで半信半疑でした)。
ああいえばこういうで、両側にその人ともうひとり、ぴったりくっつかれて、
大阪弁でまくしたてられたので気が狂いそうでした。

『化粧品の証明』を逆手に取った販売戦術[P.75-76]

ある日、「九州の○○県に住んでいるものですが」と、
女のひとがわが家に電話をかけてきた。
「××化粧品はいい化粧品なんでしょうか」と、
その人は私がきいたこともない化粧品の名前をあげた。
なんのことかとおもってくわしくたずねると、
「先生が書かれた『化粧品の証明』をもって、××化粧品のセールスがうちにきた。
『化粧品は、この本に書いてあるようにこわいものだが、
うちの××化粧品は天然の原料を使っているから安全で、大丈夫です』と、
すすめられました」とのことだった。
私はメーカーのしたたかさに絶句した。化粧品告発の書を逆手にとった販売戦術ではないか。

化粧品セールスマンと癒着する母子寮[P.79-80]

関西のある市の母子寮での話だ。
入居者の一人が、訪問販売の某化粧品で被害をうけ、
弁護士をつうじてメーカーと補償交渉にはいった。
ところが、そのメーカーの腕っこきセールスマンが、
母子寮をまるごと顧客にしていたため、
被害者は、セールスマンの言いなりになる寮母から有形無形の圧力にさらされた。
それにしても、低所得者の多い母子寮に、
なぜ高価な訪販化粧品がなだれをうって売りこまれるのか。
どうやらその秘密は、セールスマンが言葉たくみに、
「奥さん、うちの化粧品つけるときれいになって、再婚の口が見つかりますよ」
などといっているかららしい。

クリニークラボラトリーズによる化粧品カブレ調査[P.80]

一九八〇年五月二〇日の朝日新聞は、
アメリカの某化粧品メーカーの日本支社(私の調べでは外資系のクリニークラボトリーズ)が、
東京、名古屋、京都、大阪、神戸、
岡山の女性五〇〇人を対象におこなったアンケートの結果を報じた。
それによると、化粧品による肌のトラブルの経験者が実に七三パーセントに達している。
しかし、そのアフターケアがまた問題で、トラブル経験者の六〇・六パーセントが、
べつの化粧品に変更したという。

黒皮症患者の原因物質[P.86-90]

リール黒皮症のひきがねとなる化粧品成分がわかると、メーカーに報告される。
それをうけて、メーカーはその成分をふくまない化粧品を知らせてくる。
「どうぞ、これをお使いください」というわけで、ギブ・アンド・テークの関係が成立する。

このような作業の積みかさねによって、
リール黒皮症をおこす物質が次第に浮かびあがってきた。
一九七五年一〇月から七八年一二月までに、阪大病院の皮膚科外来は、
四四〇人の患者に貼付試験(パッチテスト)をおこなった。
ことわっておくが、この場合の患者とは化粧品皮膚炎の患者全体であり、
リール黒皮症の患者はそのごく一部にすぎない。
四四〇人の患者のうち、化粧品で陽性反応だった人は二三〇人。
陽性化粧品の各成分について二度目のパッチテストをおこなった結果、
陽性をしめす成分がいくつかわかった。
「色素に陽性反応を呈するものが多く、そのなかでズダンⅠに陽性を呈する患者が二三人、
赤色二二三号二人、黄色二〇四号二人、赤色二号、赤色二一三号各一人の順であった。
ついで香料六人、ラノリン四人、パラベン(殺菌剤=筆者注)二人、
チヌビンP(紫外線吸収剤=筆者注)二人、
オレイルアルコール(乳化安定所剤=筆者注)二人、
ハロカルバン(殺菌剤=筆者注)一人の順である」(小塚ら・「化粧品皮膚炎」・第四報)。

以上の陽性成分のうち、リール黒皮症と関係があるのは、
ズダンⅠなどの色素、および香料、チヌビン、ハロカルバンである。

<中略>

赤色二一九号がパッチテストで陽性になるのは、
実はズダンⅠの作用であることが、最近までわからなかった。
ズダンⅠ発見の功績は、阪大の小塚に帰せられる。
一九七七年一〇月、彼がメキシコの国際皮膚学会で発表したのである。

<中略>

赤色二一九号は、小塚の研究がまだ完成しないうちに、事実上使用されなくなった。
一九七六年のおわりごろからである。
この時点では、赤色二一九号がリール黒皮症の主犯のようにもおもわれており、
さすがに厚顔無恥なメーカーも、ヤバいとばかりに敬遠した。
しかし、これはかの浜幸や宇野某なる政治化の失脚同様に、トカゲのシッポ切りだった。
その後、主犯(?)はズダンⅠということになった。
だが、問題はむしろ重大化したはずである。
赤色二一九号は潔白だからと名誉回復したくてもできない。
なぜなら、不純物なしの精製したもの(ズダンⅠをふくまない赤色二一九号)でも、
リール黒皮症をおこすことがパッチテストによって判明したのである。
また、ズダンⅠぬきの赤色二一九号は、実験室では生成できても、工業的にはつくりえない。
精製にたいへんな手数がかかるからだ。
一蓮托生、両者はグルということで葬り去るしかない。

<中略>

赤色二一九号が使われなくなったため、リール黒皮症の新規発生はかなり減ったときく。
しかし、すでにズダンⅠに感作された人がいる。
赤色二一九号以外のアゾ色素にふくまれたズダンⅠで、新たに感作される人もあとを絶たない。

累積性皮膚炎(クリーム皮膚炎)[P.91-92_95]

「主として乳液、クリーム、洗顔用のトリートメントなんかですが、
化粧品には界面活性剤が入っている。
こういう化粧品をつけると、石鹸や洗剤で洗うのとおなじで、
皮膚表面の保護脂肪がとれて乾燥し、カサカサする。
クリーム皮膚炎という名前がつくこともある。
さめ肌状のカサカサになる。
それから細胞の蛋白質を変性させるんです」

ある皮膚科医は、こんなふうに累積性皮膚炎の症状を説明する。
皮膚の表面には、天然のクリームといわれる皮脂が分泌されている。
そこに化粧品を塗りたくり、化粧品にふくまれる界面活性剤が作用するとどうなるか。

「界面活性剤は一つの分子のなかに、水になじむ親水性と油とまじる疎水性をもっています。
だから、皮膚表面の皮脂をとると同時に、水分を蒸発させてしまう。
とくに湿度の低い冬は蒸発がはげしくて、カサカサになりやすい。
皮脂は、水と化学物質を皮膚に浸入させないためのバリアー(障壁)なんですがね」

それが、界面活性剤によってこわされてしまう。
皮脂をうばわれた表皮は、外からの刺激に無防備になる。
その間隙をうずめるのが、化粧品という人工クリームである。
なんのことはない。化粧とは、天然のクリーム(皮脂)をうばいとり、
かわりに人工クリームを押しつけることにほかならない。
窓をあけっぱなしにして、エアコンをやるようなものではないか。
プラス・マイナス・ゼロであるならいいが、そうはいかない。
母乳と人工ミルクの関係とおなじで、
人工クリームはいくら逆だちしても、皮脂にはおよばないし、
人工クリームである化粧品には、金がかかる(だからこそメーカーが成りたつ)。
どうみても、化粧品で皮脂の代用をするのはバカげている。
そのうえ、累積性皮膚炎という副作用をしょいこむのだから、ますます割りに合わない。

一〇年ほど前『化粧品の秘密』(三一新書)を書くための取材で、
当時の横浜市大医学部の野口義*教授から、
「化粧をはじめて一ヵ月もすると、一種の化粧品中毒になる。
やめようとおもって化粧を落とすと、肌がつっぱる、なんだかかゆい、カサカサする。
それで化粧をすると、ピタッとおさまるんです」と聞かされたのをおぼえている。
いまにしておもえば、これは累積性皮膚炎そのものなのだ。

*   *   *

この業病は化粧を断ってもすぐには治らない。
完治するには六ヵ月かかるという。
人間の表皮細胞が入れかわるには一ヵ月しかかからない。
にもかかわらず、なぜ六ヵ月も……。
ある皮膚科医は、この点について、
「分裂する細胞に障害がのこり、それが分裂後の細胞につたわるからだろうか。
いや、これはまだ仮説ですらもない。とにかくわからない」といい、
まったくお手あげのありさまだ。

化粧品工業会の言いなりになって全成分表示を見送った厚生省[P.189]

葛生によれば、工業会の広報委員長である細田文一郎は、
「粧原基に記載されている原料は表示しない。危険性のあるものだけを表示すればよい。
すべての成分を表示するだけのスペースが、
化粧品の容器にない」という理由で、全成分表示に反対。
厚生省はこの意見をいれて、成分表示を「厚生大臣の指定する成分」にとどめた。
ここに厚生省と化粧品工業会の癒着がみられる。

許可色素と偽って禁止色素が使われている[P.215-216]

少し前、化粧品業界に顔が広い知人の案内で、ある下請メーカーをたずねたことがある。
おんぼろの石油ストーブがちょろちょろ燃える事務所で、
七〇歳に手の届きそうなオヤジから、内輪話をいろいろきかせてもらった。

「メーカーがうちに注文してくるとき、口紅は色見本で出してくるんだよ。
ことしはこの色でいこうと、流行の感覚できめるのさ。
ところがだ、色見本みれば、厚生省の許可してる色素だけでできないことはひと目でわかる。
それでもいちおうはやってみるさ。許可された色素をまぜあわせて……。
しかし、ダメだよ。すると、禁止されてる色素使うしかないだろ。
それで色見本どおりの色出して、納品する。
メーカーに知らせる成分表には、許可された色素でつくったように書いておく。
それがそのまま厚生省へいって、許可とおっちゃう。
なかにはへそ曲がりのメーカーがいてさ、うちが出した成分表にしたがって、
自分のところでつくってみる。すると、色が出ない。
『おい、出ないじゃないか、どうした』といってくる。
そのときはどうするかって、『ま、いいじゃないですか。蛇の道はヘビさ』
とでもいってやる。それまでだよね」

子供にまで広がる化粧品被害[P.221-222]

「ニッポン消費者新聞」(一九七九年二月二日付)の報じるところでは、
大丸の東京店一店だけで、前年のクリスマスにこども用化粧品セットが一〇万セットも売れたという。
メーカーは一般品メーカーのウテナ、訪販品メーカーのメナードの子会社であるダリヤなど。
ウテナは、クリーム、化粧水、リップクリームのセットで三五〇〇円。
市場拡大しか考えないメーカーのこのような商魂は正気の沙汰ではない。
あげくのはて、かゆみ、ブツブツがこどもに発生しはじめた。
デパートでは、販売中止措置をとったところが少なくないが、
普通の化粧品店ではまだ売っているであろう。
メーカーが製造を中止したという話はきいたことがない。

もちろん、これらのこども用化粧品は、厚生省の許可をえている。

皮膚科医ネットワークと称するポーラの癒着構造[P.230-231]

七五年一〇月、ポーラは鈴木社長名で
「本物だけが残る社会での新しいポーラを目指して」という内部資料をまとめ、
営業所関係者などに説明をこころみた。
そのときの資料に、支店の業務の一つとして、
「皮膚科医のネットワークづくりやその維持につとめる」とある。

より具体的には、「大物の皮膚科医、大都市の権威ある病院のネットワーク化をおこないます」、
「専門医のネットワークづくりをし、皮膚トラブルの好意的処置、
さらには情報の入手をめざすものです」、
「全国の一〇万都市には少なくとも一人は、このような医師をつくっていきます」
などとのべている。

ポーラ化粧品被害の実例[P.233-237]

東京・練馬区の主婦Sは、ポーラ化粧品による被害をうけた。
一九七六年四月中旬、近所のポーラ化粧品営業所に立ち寄り、
ポリシマ(ポーラ化粧品の最高級シリーズ)の化粧水、栄養クリームを購入、
ついで下旬にはマッサージクリーム、アストリンゼントをもとめてつけはじめた。
二ヵ月後の六月下旬、顔の毛穴がつまってブツブツが二、三個できたとおもったら、
一両日のうちに両ほほを中心に無数にできた。
化粧品の使用はやめたものの、化粧品が原因とは気づかず、近くの病院に通院。
一〇月になっても、ブツブツが治らない。
営業所へいって、所長のⅠに話したところ、パック料、洗顔料、乳液をすすめられる。
しかし、症状は悪化し、つまった毛穴が化膿し赤黒くなってきた。

営業所へ訴えにいこうとしたが、Sはおもいとどまった。
以前、営業所へマッサージをうけにいったとき、
「このあいだ、顔の真黒なおばあさんが相談にきた。
まるで墨を塗ったような顔でおかしかった」と話しているのをきいたことがある。
それとおなじように、自分が茶のみ話のタネにされるのがくやしかったからだった。
ひどい顔を人目にさらすのがイヤで、こどもの幼稚園の送迎もする気になれなかった。

一二月下旬、Iが電話をかけてきて、
「このあいだのはよく効いたでしょう。もうそろそろ切れるころとおもいまして……」という。
Sは怒り心頭に発し、「きのう病院で形成外科にまわされた。
脂性の肌には油性のクリームはいけないのではないか。パックや洗顔料を使用しても治らない。
なんでも無責任にすすめないでください」と、声を荒らげた。
Iはうろたえて、「きょうあすじゅうに、お見舞にうかがう」といった。
Sはその言葉を信じて待ったが、Iはついにこなかった。

年がかわった。一九七七年一月末、Sは通院の途中、営業所へいって化粧品を返品した。
Iは不在だった。「おカネは現金書留で送ってほしい」というと、
事務員は「近所なのだから、とりにくらばよいのに」という。
両ほほにガーゼを貼って、スカーフをかぶって営業所までいったのに、
なんと無神経なことを……と怒りがこみあげた。
数日後、Iが「返品の書類を書く」と電話をかけてきたが、
一二月にいった見舞ウンヌンの件についてはなにもふれなかった。

それっきり、なしのつぶての状態がつづいた。
Sは病院を四ヵ所もかえて通院していた。
三月一六日、たまりかねて、友人におしえられた東京都消費者センターに相談にいく。

消費者センターから連絡があったのであろう。
その夜、IはSの自宅にとんできた。
涙をながし、両手をついてあやまった。

「顔にのこったこの跡をどうにかして治したい」というSに、
Iは「日本一の病院におかけしてでも、奥様の納得のいくまで治療させていただきます」と答えた。

四月五日、ポーラの指定病院である新橋の十仁病院を受診。
担当医は「これだけ油性の肌だもの、たとえ他のメーカーのクリームをつけてもできるよ」
とつぶやいた。
そして、「浅い個所はけずり、深い穴は縫うことになるでしょう。
炎症がつづいているあいだは手術ができないので、この軟膏をつけて様子をみて、
一ヵ月後にもういちどくるように」と説明をしてくれた。

五月四日、再受診。担当医は手術についてふれず、「軟膏をつけていなさい」という。

七月二九日、三回目の受診。
「もう少し様子をみなければ。お化粧を濃くすればわからないよ」と担当医。
しかし、Sは、もう炎症がおさまっているのにとおもう。

八月九日、四回目の受診。
担当医は「軟膏がなくなったらいらっしゃい」という。
Sが手術のことを切りだすと、言葉をにごす。
軟膏がなくなるまでに二ヵ月もかかるではないかと、怒りをおぼえた。

十仁病院をあきらめ、渋谷の高木クリニックを受診。
ポーラに電話をかけて了解をえる。
そして、一一月二一日、高木クリニックであばたを削る手術をうける。

翌一九七八年二月八日、ポーラの了解をえたうえで、二回目の手術。

高木クリニックでの治療費五五万四〇〇〇円はSの立替払いで、
領収証をポーラの販社に送った。
だが、ポーラは支払いを実行しない。ふたたび消費者センターが仲にはいった。
ポーラが消費者センターに文書を提出したが、誤解とごまかしにみちていた。
Sは、さっそく反論を書いた。

「会社の態度、セールスの態度は許せません。
私はなにごともすべて、ポーラの了解を事前にえてすすめてきたのです。
それなのに手のひらをかえしたように態度がかわったんです。
ポーラの本社の若林さん(消費者課の若林慶一課長=筆者注)が主人と会い、
『いままでの分は支払うが、こんご一切の請求をしないから』といいました」と、
Sは当時の模様を語る。

話しあいは決裂。Sは、消費者センターがひらいた化粧品被害の講演をききにいった。
そこで知りあったある被害者と二人で、日消連へいった。
彼女は化粧品被害を考える会にくわわった。

Sのケースは、ポーラの消費者対策の生きた実例である。
十仁病院はポーラのネットワークに組みこまれた皮膚科医のたまり場だった。
高木クリニックはそうでなかったとおもわれる。
十仁の担当医は、手術をほのめかしてSの気をひいただけで、
最初からその気はなかったにちがいない。
高木クリニックは指定病院でなかったからこそ、手術を敢行した。
そのかわり、ポーラは治療費を出ししぶった。
指定病院の十仁病院にSを釘づけにして、ウヤムヤにできなかったため、
担当者は車内で責任を問われたこととおもう。

Sは、考える会の一員として、ポーラに内容証明を送り、損害賠償をもとめた。
この要求をめぐって、一九八〇年四月八日、ポーラとの交渉がおこなわれた。
ポーラ側は、Sの症状をニキビとみなし、化粧品が原因とはみとめない。
炎症についても、十仁病院へいく前にかかった医者がひきおこしたというのだった。

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