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書籍と雑誌の要約と解説

恐怖の加工食品

AF2その他の添加物

装丁
恐怖の加工食品 恐怖の加工食品
郡司篤孝
三一書房(三一新書821)
ISBN4-380-74005-6
1974/08/31
¥800
目次
  1. ニセ食物と廃物利用の恐怖
    ――まえがきにかえて――
    1. ニセ食物をつくる技術
    2. 食品添加物の恐怖
    3. 恐るべき廃物利用の論理
    4. 技術を支配する企業と行政
  2. アイスクリームのなかの食品添加物
  3. なぜビールの泡がすくなくなったか
  4. コンニャクと大理石の関係
  5. ≪だしのもと≫は≪クスリのもと≫
  6. 「いの一番」「ハイミー」はヘドロ
  7. ワサビ漬にはワサビは入っていない
  8. 世界最悪の子供たちの将来
  9. ≪灘の生一本≫と米のカス
  10. 冷凍食品のワナ(罠)にかかるな
    1. 果実の酸味の変化について
    2. ビタミンCの変化について
    3. 水分含量の変化について
    4. 硬度の変化について
    5. 香りの変化について
    6. 色の変化について
    7. 苦味の発生、その他について
  11. いのち短かし、豆腐を食べよう
    1. ほんものの豆腐とは
    2. 豆腐の殺菌料トフロンの恐怖
    3. 豆腐に使用されている添加物
    4. 豆腐のトフロンの推定添加量
    5. 保存豆腐大量生産の失敗
    6. 豆腐にトフロンは不要である
  12. 謀略、怪文書、抗議魔、裁判
文献
  • 谷村顕雄『食品添加物公定書註解』[P.29_30_31_39_47_69_82_92]
  • 堀口博『公害と毒・危険物 無機編』[P.30_43_48_94]
  • 山田澄&北川晴雄&亀山勉『毒物学』[P.65]
  • 味の素株式会社『化学調味料』[P.66]
  • 化学用語辞典編集委員会『化学用語辞典』[P.67]
  • 郡司篤孝『学校給食』[P.111]

内容

重合リン酸塩で膨らませてコスト削減[P.25]

アイスクリームを製造するとき、かならずオーバーランという言葉が出てくる。
もとの原料にたいして増加した容積のパーセントを示すもので、
このオーバーランが多いか少ないかによって、業者の利益が大きく違ってくる。
容積が増大すると言っても、それは中身に空気が入っているという他愛のないものであるが、
その空気の量について業者は目の色を変えるのである。

アイスクリームにおけるオーバーランは、
原料量にたいして一四〇%以下と定められているが、
こんなに空気を入れると、舌ざわりが悪くなって、こしが弱くなってしまう。
食べごろのオーバーランは九〇%前後と言われている。
この程度の量だと、クリームの粒子が均質に揃って、すぐれた風味が出てくるのである。

ところで現在の冷菓業者で重合リン酸塩を使っていない業者がほとんどいないのは、
このオーバーランを増強する効果、
つまりアイスクリームに空気を送りこむポンプの役目を果たし得るからである。

合成脂肪[P.35]

合成脂肪は、私たち消費者が知らないうちに、いつのまにか造られ、いつのまにか売られ、
そしてそれこそいつのまにか、アイスクリームやチーズの中に入りこんでしまった。
そして最近では、一部の牛乳の中にも混入されている形跡があるらしいと、
酪農の専門家から聞いてショックを受けたことがある。

合成脂肪については正確な生産量も使用量も、
そしてその製法も秘密にされていて、あまり判っていない。
メーカーたちは、それだけ、合成脂肪の全貌が明らかにされるのを恐れているわけで、
有害物質であることを自ら認めていることになるのである。

わずかに判っていることは、グリセリンと酪酸を反応させてつくるということである。

合成バニリン[P.82-83]

バニラというラン科の植物がメキシコやスマトラに生えていて、
その果実からバニリンという香気と味を有する天然香料が採取できる。
昔から菓子や飲料水に使われていたが、このバニリンを日本では、
本当にバニラから採ったものを食品香料として使っているのであろうか。
それは大きな見当違いで、現在では亜硫酸パルプ廃液を濃縮し、
さらに水酸化アルカリを加えて高温高圧で接触酸化し、
これを中和して固形物を除去した後、溶剤を使ってバニリンを抽出しているのである。

<中略>

イノシン酸やグアニル酸は、パルプ廃液の発酵法でつくる。
しかしバニリンは完全に合成法である。どうして許可したのであろうか。
その用途は多岐にわたっているだけに寒心に堪えない。
しかし使用量は多く、キャンディーとベーカリー製品に二〇〇PPM、
プディング、ゼラチンデザートに一〇〇PPM、チューインガムに二五〇PPM、
シロップには驚くなかれ二万PPM(二%)も使われている。
これはもっとも権威のある『食品添加物公定書註解』の記載である。
さらに『食品衛生学事典』によると、チョコレート、バター、ルートビア、
一般フルーツフレーバーにも調合成分として使われているという。

人工栄養児の死亡率調査(東京都杉並西保健所)[P.99-100]

東京都杉並西保健所が、新生児から五歳までの子供二万人を対象として、
人工乳で育った子供と母乳で育った子供との健康状態を調査した結果が、
『健康新聞』四十五年五月一日号に発表されているので紹介しておく。
それによると、
「母乳栄養児、混合栄養児、人工栄養児の死亡率の割合は一対二対三。
つまり人工栄養児は母乳児の三倍も死んでいる。
この三倍という数値は地域環境によってかなりの差を示しており、
生活水準の低い階層、たとえば一人平均二畳以下の家庭では十一倍。
職業婦人の家庭では十六倍。さらに母親がサービス業(バーホステスなど)を
行なっている家庭では実に四〇倍という高い死亡率を示している」。

乳児突然死症候群牛乳説(桜井信夫)[P.101]

この事実を証明する実験が、
東大医学部桜井信夫助教授ら同大学衛生学教室研究グループの手によって行なわれ、
四十六年三月二十九日発表された。
それは、元気な赤ちゃんが、ある日突然死亡する「赤ちゃんのポックリ病」
(アメリカではクリブ・デス=ベビーベッドでの死と呼んでいる)の原因は、
牛乳による強度のアレルギー反応である、というのである。

明治乳業異物混入粉ミルク事件[P.102]

明治乳業の明治粉ミルクの中からネジや鉄片が出てきて大騒ぎになったこともある。
昭和四十八年一月四日、兵庫県西宮市今津の薬局で、
芦屋市の主婦が買った「明治コナミルク、ソフトカードFM-L」の缶から、
長さ三・五センチの金属性ネジ、二・五センチの合成樹脂製チューブ状絶縁体、
三・五センチの薄い鉄片がつぎつぎと出てきたのである。

合成酒の動物実験[P.107-108]

久留米大学医学部では、それぞれ二〇匹のネズミに、灘の生一本の銘柄酒と、
米だけでつくった一〇〇%無添加日本酒を飲ませる実験をした。
その結果は、灘の生一本組は成長が著しく減退するとともに、
二〇匹のうち一九匹が早期に死亡した。
しかるに純粋日本酒組は成長は普通で、
二〇匹のうち、わずか一匹が寿命前に死亡しただけであった。

佐々木豆腐工場のトフロン被害[P.129-133]

山陽本線宇部駅のプラットホームに立つとプーンと妙な臭いがした。
まわりを見ると左側には石油コンビナート特有な赤色の
「まんだら煙突」が何本も立っていて、その下の小さな煙突から、
真昼だというのに真っ赤な焔がめらめらと燃えていた。

妙な臭いは、あの「めらめら」と無縁ではない。
日本人全部を焼きつくそうとするのろいの焔でもあった。

このような汚濁の街に、食品添加物を使わないで、
しかも一日に五〇〇〇丁~七〇〇〇丁もの自然豆腐を製造している
佐々木啓展さんのような信念の人が住んでいるということが、
私に何かそぐわないものがあるように、ふと感じた。

<中略>

宇部駅前を左に折れて二~三分歩くと、佐々木さんの豆腐工場があった。

<中略>

三年前までこの工場に勤めていた青木さんという中老の男性が呼ばれてきた。
奥さんは今でも勤めているが青木さんはトフロンによる皮膚疾患がなかなか治らないため退職して、
今は木工場に勤めているという。

実直という文字を、そのまま人間にしたような人柄が全身ににじみ出ているような人であった。

青木さんは朴訥な口調で話し出した。
「そのころ、つまり昭和四十年頃からはここでもトフロンを使っていましたから、
私も毎日扱っていたわけですが、トフロンを手掴みにしていたわけではありません。
ちゃんと容器に添付されているスプーンを使って豆汁の中に入れていたのです。
ところがだんだん両手の皮膚がおかしくなってきて赤く腫れあがってきたのです。

初めは近所の沢井薬局から皮膚病薬を買ってきて塗布しましたが
よくならないばかりか、こんどは血も出るようになりました。
そこで松田外科医院に通うことになりましたが、
原因はトフロンらしいということがわかりましても、
治療方法がないとのことで、症状は悪化するばかりです。
そのころはゴム手袋を着けて作業していたのですが」

ここで私は訊いた。
「青木さんはアレルギー体質だったのでしょうか」

社長の佐々木さんが代わって答えた。
「いやそうではないようですね。青木君だけでなく、
矢田愛子という女性、杉田という女性、
それに私自身もひどく手が荒れましたからね。
このへんで、原因がトフロンにあるということがはっきりしましたから、
名古屋市の山口商店という豆腐材料会社へ強硬に申し入れをして、
上田製薬へ伝えてくれと依頼したのですが、
ノラリクラリとして言を左右にして応じようとしないのですね」
「それでですね」と今度は青木さんがつづけた。
「松田外科の先生が、この病気は立派に公傷手続き取れるというものですから、
労働基準監督署へ行きました。そうしましたら署でも、
個人では無理だが何人かが一緒になればできないことはない。
しかし条件として製造元の上野製薬を訴えることが必要だというのです。
このことは、炭鉱離職者で一文無しの私には出来ない相談です。
そのときまでにも、私傷ですから健保以外に二万円以上も支払っていたわけですからね。
泣き寝入りということになってしまったのです」

永井豆腐店のトフロン被害[P.137-140]

栃木県那須郡西那須野町の永井豆腐店の妻女よし子さんはつぎのように語っていた。
「私の店で殺菌剤のトフロンを使いはじめたのは昭和四十一年ころと記憶しています。
その前はZフランで、白色の粉末でした。
(註、白色のZフランというのはおかしい。
当時の残物であるかと訊いたら、もうないとのことでした。)

そしてトフロンを使っているうちに、昭和四十三年ころから
私も主人も両手に異常症候が出てきて赤くはれ上がってきて、カユくて仕方がなくなりました。
近所の佐藤皮膚科医院や、永井外科へ通いましたが、
先生も途方にくれた様子で、塗り薬か注射をされましたが、症状はいっこうに良くなりません。

放ってもおけないので、佐藤先生の紹介で、宇都宮市の国立病院の皮膚科へ出向きました。
国立の先生は私を診察して、こんな皮膚病は見たことがないと言うのです。
そして先生は、『豆腐をつくるのに、どんな食品添加物を使っているのか』
と訊きましたから、私はトフロンのことを答えました。
そうすると先生は専門書を出してみているようでしたが、
『間違いなくトフロンの使用に原因があるようだから、
使うのを止めれば快くなるかもしれない』と申されました。

私はたいへんなことになったものだ、と思いながら、
こんな毒物を製造している上野製薬に激しい怒りをおぼえ、
帰宅すると、さっそく上野製薬に抗議の手紙を出しました。

そうしましたら、しばらくたってから、
上野製薬の課長とかいう立派な紳士がやってきまして、
ゴム手袋と塗り薬を差し出したのです。
それより言うことが気に入らないではありませんか。
『皮膚病なんか大したことはありませんよ。
この手袋をはめて仕事をすれば、これ以上悪くならないし、自然と治ります。
それよりも豆腐が腐らないほうが、お店の商売繁昌のもとになるのではないですか』

私は腹が立って、
『もういいから帰って下さい』と思わずどなってしまいました。
「こうして、トフロンが有毒であるということはわかりましたから、
豆腐に使うことは絶対に止めたのですが、油揚げ類だけは、
お客さんもすぐ食べないでしまっておくことも多いとみえまして、
どうしても使わざるを得ないようなわけで使っていました。
もっとも手に触れないように注意に注意をしていましたから、
皮膚病のほうは悪化しないようでしたが、
手の皮膚はすっかり剥がれてしまい、長い間包帯をしたままでした。
このときの苦しみ、苦労は、いま考えると、よく耐えられたものだと、ぞっとする思いです。

そうこうするうちに、四十四年ころから、おかしな咳が出るようになり、
風邪にしては永すぎるなと心配しているうちに、だんだん声が出なくなってきました。
木川耳鼻科医院へ通っていましたが、
通り一遍の処置だけですから快くなるはずがありません。

自分から言うのも変ですが、
私は若いころから声自慢、のど自慢で、これは父の血をついだようです。
ですから業者や町内の観光旅行には、いつも重宝がられていたのですが、
かんじんの声が出なくなったのですから寂しいったらありませんでした。

そんなとき、大田原市の間庭薬局で、?井外科が上手だということを知り、
すぐに参りましたが、ここでもわからず、こんどは竹内医院へ行きました。
竹内先生も治療の確信はもてません。

去年(四十六年)の夏だったでしょうか。
竹内先生が『あなたは甲状腺が冒されているようだ』というのです。
そして『私の手には負えないから』と言って、
甲状腺の専門医である東京の伊藤病院を教えていただきました。
その前に、宇都宮市の厚生病院へも行っております。

それから東京までの病院通勤がはじまったのです。
主人は健康保険がついておりますが、私は扶養家族ですから、その出費は莫大なものでした。

伊藤病院でも『どうもトフロンのせいらしい』ということになって、
『どうしても使わなければならないのならば、マスクをかけて使いなさい』と言われましたが、
このことから油揚げに使うことも使うこともきっぱりと止めてしまいました。

そのせいかどうかはわかりませんが、皮膚病も咳も甲状腺も、だいぶ快くなってまいりました。
皮膚病は間違いなくトフロンのせいであることは、
医者もそう言っているのですから疑う余地はありませんが、
咳や甲状腺もトフロンが原因かどうかは、私にはわかりません。
しかし直接の原因ではなくても、そうした病気を引き出すような
誘因みたいなものがあるように思えてなりませんね。
なぜって、どんな薬を飲んでも注射を打っても治らなかったのに、
トフロンを使わなくなったら、うそのように快方に向かったのですから。

私が皮膚病にかかったとき、上野製薬が社員を挨拶によこしたことは申しましたが、
昭和四十三年のことですからね。有害なことははっきり知っていて、
それでいて、有害だと言う貴方を告訴したのですからね。
まったく製薬会社の神経はどうなっているのか、恐ろしいものだと思っています。」

トフロンに効果なし[P.147-148_155-156]

一日二万本の袋詰保存豆腐が、県内の組合員に出荷されたのであるが、
不吉な兆は、その翌日にはねかえってきた。

この豆腐は保存を目的として製造されたのであるから、
殺菌料のトフロンを充分に添加しているはずなのに意外なことに保存性がなかった。
豆腐製造の専門家ではあっても、学者ではない役員たちは、
トフロンが大豆中のタン白と結合してしまう現象を知っていなかった。
トフロンはせっかく添加しても時間の経過とともに消失してしまうことを、
メーカーの上野製薬は豆腐業者に隠していたのである。

そのほか、製品が不揃不同であったり、口漏がたくさんでたりして、返品の続出となった。
昭和三十八年度の返品率はつぎのようになった。

   生産本数 六〇万五〇四〇本
   出荷本数 三八万六八四六本
   廃棄本数 二一万八一九四本
   廃棄率       三六%
   これを金額でみると
   売上総額  五九一万七六一二円
   支出総額 二八五一万九六五七円
   差引赤字 二二六〇万二〇四五円

*   *   *

昭和四十六年十二月に、神戸市灘保健所が、
「食品添加物の効果を過信するのは危険です。
豆腐の殺菌剤は入れても入れなくても、ほとんど差がありません」
という調査結果を発表している。(『朝日新聞』大阪版 四六・一二・二二)

この方法は、時間的な経過による殺菌剤の効果を目的したもので、
六月から九月まで三回にわたって、無添加豆腐とトフロン入り豆腐について室温二七~三一度Cで、
製造直後・二四時間後・一週間後の三時点で一般生菌数、大腸菌の変動を調査した。

この結果は無添加豆腐もトフロン入り豆腐も変わりはなく、
当初一万個から一〇万個もあった一般生菌は、
両群とも一日たてば一千万から一億に増殖し、豆腐は当然のように腐敗した。
大腸菌も同じ傾向を示し、トフロンによる保存効果は認められなかった。

右の事実が実験的に証明されたにもかかわらず、
前島神戸市衛生研究所細菌部長はつぎのように述べている。
「調査結果からすぐに効果がない、とは言えないだろう。
調査方法も含めて、もっと綿密に調べてみるべきだ。
しかし保存効果を別にしても、食中毒や伝染病菌の繁殖を抑える効果を評価すべきではないか」と。

この人は、トフロンが豆腐の中に入ると、
タン白と結合して失活してしまうという学問的事実を知らないらしい。
伝染病菌の繁殖を抑える効果があるのならば、
大腸菌や一般生菌が増加するのはおかしい論理ではないか。
そしてもっと重要なことは、
トフロンが人間の肉体におよぼす有害性を知っているのであろうか。

このほかにも、東横短大やその他の機関で、同じような結果が発表されている。

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