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書籍と雑誌の要約と解説

傷はぜったい消毒するな

生態系としての皮膚の科学

装丁
傷はぜったい消毒するな 傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学
夏井睦(石岡第一病院傷の治療センター長)
光文社(光文社新書411)
ISBN4-334-03513-6
2009/06/20
¥840
ケガをしたら、消毒して乾かす、が世間の常識。
しかし著者によれば、消毒は「傷口に熱湯をかけるような行為」だという。
傷は消毒せず、乾燥させなければ、痛まず、早く、しかもきれいに治るのである。

著者は、今注目の「湿潤治療」を確立した形成外科医である。
その治癒効果に驚いた医師らにより、湿潤治療は各地で広まっている。
しかし肝心の大学病院などでは相変わらず、
傷やヤケドを悪化させ、治りを遅らせ、
患者に痛みと後遺症を強いる旧来の治療が行われている。
なぜ、医学において生物学や科学の新しい成果は取り入れられないのか。
本書では医学界の問題点も鋭く検証。
さらに、生物進化の過程をたどりつつ見直した、
皮膚という臓器の持つ驚くべき能力について、
意欲的な仮説を展開しながら解説する。

目次
  1. なぜ「消毒せず、乾かさない」と傷が治るのか
    1. 「湿潤治療」とは
    2. 傷を治すための治療、治さないための治療
    3. 傷が治る過程(創傷治癒過程)
    4. 乾燥は厳禁――カサブタはミイラである
    5. 傷のジュクジュクは最強の治療薬
    6. 傷を覆うのは何がベストか
    7. 湿潤治療は地球を救う?
  2. 傷の正しい直し方
    1. 湿潤治療に必要なもの
    2. 擦りむき傷の治療
    3. ヤケドの治療
    4. 病院を受診した方がよい外傷
  3. ケガをしたら何科に行く?
    1. どの病院で湿潤治療をしているのか
    2. 内科か外科か、大学病院か診療所か
    3. 診療科の違いについて
    4. ヤケドは皮膚科?
  4. 私が湿潤治療をするようになったわけ――偶然の産物
    1. 外科研修医時代の日々
    2. 形成外科に入局――「外科の常識」は「形成外科の非常識」だった!
    3. じょくそう治療で目覚めた
    4. そしてインターネットとの幸福な出合い
    5. 「根拠のある医療」との闘い
  5. 消毒薬とは何か
    1. 消毒薬――家庭常備薬の王
    2. 消毒薬はどうやって細菌を殺しているのか
    3. 消毒薬は人間の細胞膜タンパクも破壊する
    4. 消毒薬は人間にとって、安全でも無害でもない
    5. 消毒すると傷が深くなる
    6. なぜ一生懸命消毒をしているのか
  6. 人はなぜ傷を消毒し、乾かすようになったのか
    1. ケガの手当ての歴史――黎明期
    2. 二人の戦士――ゼンメルワイスとリスター
    3. なぜ「消毒して乾燥させる治療」が主流になったのか
    4. 実は消毒薬の問題は古くからわかっていた
    5. それでも消毒薬は必要とされた
    6. パスツールの亡霊が医学界をさまよう
  7. 「化膿する」とはどういうことか
    1. 傷の化膿をめぐる医療現場の混乱
    2. 傷の化膿とはどういう症状か
    3. 傷口に細菌がいても化膿しているわけではない
    4. 傷口に細菌が入れば化膿するわけでもない
    5. 傷が化膿するメカニズム
    6. 細菌はどこからやってきたのか
    7. 細菌の侵入はどうしたら防げるのか
  8. 病院でのケガの治療――ちょっと怖い話
    1. 病院でのケガの治療の現実
    2. 傷の治癒を阻害する治療薬
  9. 医学はパラダイムの集合体だ
    1. トンデモ治療の系譜――瀉血療法・水銀療法
    2. トンデモ治療はなぜ支持されたのか
    3. 現代医学の治療は未来永劫正しいか
    4. パラダイムとは何か
    5. 天動説に見るパラダイムの構造
    6. パラダイムを支えるもの
    7. 天動説の終焉はどのようにして起きたのか
    8. パラダイムシフトの起こり方――パラダイムは信者が死ぬまで変わらない
    9. 旧パラダイムと新パラダイムは非連続だ
    10. 専門家と素人で知識が逆転する瞬間
    11. 熱傷治療に見るパラダイムの構造――熱傷学会に喧嘩を売る
    12. じょくそう(床ずれ)治療に見るパラダイム
    13. 切り傷だから縫合する?
  10. 皮膚と傷と細菌の絶妙な関係
    1. 灯台下暗し――体の内部よりも表面の方が未知の世界!?
    2. 細菌との共生
    3. 人間、至るところに常在菌あり
    4. 閉鎖空間で生きる術
    5. 皮膚常在菌の生き方
    6. 人間が常在菌と共生する理由
    7. 人体の一部としての常在菌
    8. 手の洗い過ぎに注意
    9. 黄色ブドウ球菌参上!
    10. 耐性ブドウ球菌(MRSA)について――実はひ弱なMRSA
    11. 石鹸、シャンプーと皮膚の健康
    12. 化粧は皮膚を老化させる
    13. 化粧というパラダイム
  11. 生物進化の過程から皮膚の力を見直すと……――脳は皮膚から作られた!?
    1. はじめに――一冊の本との出合い
    2. 細菌という生き方――より速く、よりシンプルに
    3. 真核生物の論理――邪魔者は飲み込め!
    4. なぜ細菌は多細胞化できなかったのか
    5. 最初の多細胞生物が直面した問題――体にくっついてくる細菌たち
    6. 外胚葉生物の知覚――体表面全体がセンサー
    7. 二胚葉生物の知覚と神経系――次第に高まる能力
    8. 三胚葉生物のもたらした革命――軍拡競争のなかで
    9. 脳は皮膚から作られた
    10. そして、新しい創傷治癒システムへ
    11. 裸のサル
    12. 皮膚角質層の問題――浅い損傷の方が治療に難渋するという謎
    13. 現代都市文明が皮膚を痛めつける
文献
  • 穴澤貞夫『ドレッシング』[P.61]
  • 傳田光洋『皮膚は考える』[P.237]

内容

「カサブタができると治る」はウソ[P.26]

傷口を乾燥させると皮膚の細胞も真皮組織も肉芽組織も死んでしまう。
そして死んだ人間が生き返ることがないように、
一旦死んだ細胞も組織も蘇ることはなく死骸になる。それがカサブタだ。
つまり傷の上にできるカサブタとは、乾燥して死に、ミイラになったようなものだ。

従来は、カサブタができると治る、と誤解されていた。
だから、早くカサブタができるようにとせっせと乾かしてきたわけだが、
何のことはない、傷が治らないように、
細胞が早く死ぬようにと一生懸命乾かしていたのだ。

カサブタは要するに、中にばい菌を閉じ込めて上から蓋をするようなものである。
だから、カサブタになるといつまでも治らないし、
閉じ込められたばい菌が暴れだせば化膿することになる。

逆に傷を乾かさないようにすれば、
真皮も肉芽も、その上を移動する皮膚細胞も元気いっぱいだ。
その結果、傷の表面は新たに増えた皮膚細胞で覆われ、皮膚が再生することになる。

以上から、傷を治すためには乾燥は大敵だということがご理解いただけたと思う。

傷口の滲出液には治療効果がある[P.27-28]

膝小僧を擦りむいた時、傷口がジュクジュクしてこなかっただろうか。
このジュクジュクは何か、という研究が始まったのが一九五〇年代で、
このジュクジュクと出てくる滲出液は細胞成長因子と呼ばれる物質を含み、
その物質は傷を治すための成分だったのだ。

現在では四〇種類を越える細胞成長因子が見つかっている。
ある成長因子は皮膚の細胞の分裂を促し、
別の成長因子は繊維芽細胞に作用してコラーゲンの産生を促進させ、
また別の成長因子は毛細血管新生を促していたのだ。
しかもそれらは相互に関連しあっていたのである。

医学には傷の専門家が存在しない[P.53]

眼科は眼球の損傷については専門だが、まぶた(眼瞼)の裂創はあまり得意ではない。
同様に、脳外科は、頭部の外傷といっても脳の損傷は得意だが、頭皮裂創の治療が得意なわけではない。
足をくじいたら整形外科の出番だが、足の裏の裂創の治療は整形外科が一番得意なわけでもない。
形成外科は傷の縫合にかけてはスペシャリストだが、擦りむき傷の治療を知っているわけではない。
皮膚科医はヤケドの患者を治療することが多く、また皮膚の病気なら何でもござれだが、
だからといって切り傷の治療を得意にしているわけではない。

要するに、切り傷や擦りむき傷の治療が、医学からすっぽり抜け落ちているのである。

医学の問題は医学では解決できない[P.68-69]

解決の糸口は意外なところにあった。
数学者クルト・ゲーデル(一九〇六~一九七八)の不完全性定理である。
「任意の系が与えられた時、その系の内部では証明できない命題が常に存在する」
という数理哲学の定理だ。
そのような命題については、より高い次元に移り、
そこから俯瞰しなければ真偽は判定できないことをゲーデルは証明している。

そうであれば、医学の問題を医学で解決するのはおかしいことになる。
では、医学より高次のものとは何か、それは生物学であり物理学であり化学しかない。
つまり、化学や生物学の事実をベースにしてそこから演繹的思考を積み重ね、
医学の諸問題を解決すればいいのではないか。
それなら何も古い文献を引っ張り出す必要もないし、
他人のデータに頼らなくとも問題が解決できることになる。
そして私は数学の証明をするように医学の問題が証明できる可能性に気が付いたのだ。

この頃から私は医学書も医学論文も読まなくなった。
読むなら生物学、微生物学の研究書であり、
暇な時間には物理学や化学、数学の本を読むようになった。
特に微生物学や生物学の基礎を学ぶことにより、
医学にたくさんある「常識の嘘」が手に取るように見えてきた。

だが、このような治療を実際に行うと、どうしても同じ病院内の医師や
その地域の開業医の先生方と重大な軋轢が生じることになる。
なぜ他の病院で治らない傷が数日で治ってしまったのかと患者に問われたら、
それまでの治療法が悪かったから、他の医師が治療法を知らなかったから、
としか答えようがないからだ。

これで患者からは納得してもらえるが、収まらないのは他の医師である。
当然、一つの病院で長く勤めることが難しくなり、病院を転々とする医師生活になってしまった。

傷薬は破壊薬[P.132]

皮膚科の教科書には、
「クリーム基剤の軟膏は健常な皮膚にのみ使用する」と明記されている。
逆に言えば、傷のある皮膚や傷には使ってはいけないものなのである。
界面活性剤を含んでいるから当然である。

このような基礎事実から考えると、「熱傷治療用のクリーム基剤の軟膏」
という商品のコンセプトそのものがおかしいことがわかる。
クリームは本来傷に使ってはいけない物質なのに、
それを基剤にして傷の治療薬を作るというのは、
そもそも出発点から間違っているのである。

アトピー、乳児湿疹、主婦湿疹も湿潤療法で治る[P.139-140]

アトピー性皮膚炎といえば、治らない慢性皮膚疾患の代表格で患者も非常に多いが、
実はその多くは簡単に治ってしまう。
私は皮膚科医でもなければアトピー性皮膚炎についての知識も持っていないのだが、
なぜか時々、一〇年以上いろいろな病院を渡り歩いても治らないアトピーの方や、
さまざまな病院で治療を受けているのに治らない乳児湿疹の赤ちゃんが受診される。
そしてそのほとんどが白色ワセリンとプラスモイストだけで治っているのである。

治療方法は単純明快であって、乾燥を徹底して防ぐこと、これだけである。
例えばアトピー性皮膚炎の場合には、

かゆみのある部位にたっぷり白色ワセリンを塗布して
 時間をかけて十分にすり込む。
②キッチンペーパーなどでごしごしと余分なワセリンをふき取り、
 べたつきを完全に取る。要するに床や車のワックスがけの要領である。
③これを一日に数回繰り返す。

これだけでほとんどの患者さんはよくなっている。
乳児湿疹の場合も同じで、滲出液が多い部位をプラスモイストで覆い、
それ以外は白色ワセリンの塗布を何度も行う。
四肢や腹部はプラスモイスト、顔面は白色ワセリンの塗布という使い分けでもよい。

さらに、主婦手湿疹や手荒れの治療も同じで、
白色ワセリンをたっぷり塗って十分に塗り込み、
その後ごしごしとワックスがけをするだけである。

シャンプー不要論[P.228]

頭皮から分泌されるもので水溶性でないものはない。
筆者は二年ほど前にこの事実に気付き、実験的にシャンプーの使用を一切止め、
一日一回の温水洗髪にしているが、驚くことにシャンプーを止めてから明らかにフケが減り、
かゆみがなくなり、しかも抜け毛も減少した。
おまけに、枕カバーにつく臭いも少なくなり、毎日シャンプーで洗髪していた頃の方が
明らかに変な酸っぱい臭いだったことを記憶している。

これも考えてみたら当たり前である。
シャンプーの強力な界面活性剤が皮脂を洗い流し、しかも神経質に地肌をゴシゴシとこすっていれば、
皮膚常在菌にとって最適の環境でなくなり、常在菌以外のさまざまな細菌が繁殖するようになるからだ。
これらの細菌が臭気の原因だったのだろう。

しかも、皮脂を洗い流された頭皮はその皮脂不足を補うためにさらに多くの皮脂を分泌するようになり、
その結果、頭皮はかえってベタベタになったと考えられる。
同様に、角質が界面活性剤で損傷され、それを修復しようとして皮膚の新陳代謝が過剰に起こり、
その結果、フケが多くなったのではないだろうか。

厚化粧の女性ほど肌が無残[P.230-231]

皆さんは、お化粧をしているときはすごい美人なのに、
化粧を落としたいわゆるスッピンになると全く別人、という女性を知っているはずだ。
珍しくもなんともない、女性とはそういうものだ……
なんて言われそうだが、この化粧顔とスッピン顔のギャップは、
化粧が上手な人(化粧が濃い、とも言うが)ほど大きくないだろうか。

これに一番初めに気づいたのは、顔のケガで受診された化粧品売り場勤務の女性だった。
治療のために化粧を落としてもらったのだが、顔の皮膚は黒ずみ、
しわが多くて毛穴が目立つという惨状をていしていたからだ。
そしてその後も、「化粧をしている時は目の覚めるような美人なのに、
化粧を落とすと見るも無残な肌」の女性が多いことに気がついたのだ。

<中略>

一方、同年齢の男性の肌は、それに比べると皺もシミも少ない
(もちろん、毎日外で仕事をしていて紫外線浴びまくりの人は別だが)。
一般に、女性は肌の手入れに余念がないが、
男性で肌に気を遣っている人は極めて少数で、せいぜい朝一度顔を洗う程度である。
それなのに、同年齢の男性と女性の顔の素肌を比較すると、
圧倒的に男性の肌の方がきれいである。
そして面白いことに、荒れているのは女性の顔の肌のみで、
腹部や背部の皮膚は荒れていないのである。
つまり、肌の老化は化粧をしている部位と一致している。

ストレスは角質再生を阻害する[P.287]

なんと、精神的なストレスが皮膚角質損傷の修復に
影響を与えることが実験で確認されているのだ。
具体的に言うと、ストレスを与えると角質損傷の修復は遅延し、
鎮静剤(トランキライザー)を投与するとこの「損傷修復遅延」は解消されるのだ。
つまり角質損傷修復は患者の精神状態に影響を受けており、
患者の精神状態が皮膚表層損傷の修復を促進したり阻害したりしていることになるのだ。

皮膚の痛みや痒みは神経ではなく表皮が感じている[P.291-292]

臨床現場では、ヤケドの痛みは鎮痛剤をいくら投与しても気休め程度にしか効かないし、
抗ヒスタミン剤入りの軟膏を痒い部分に塗布するのと空気を遮断するのとでは、
両者の効果はほとんど違いはないように見えるのだ。

これは何を意味しているのだろうか。
もしも痛みや痒みが神経を介して脳に伝えられているのなら、
これらの薬剤で痛みも痒みも治まるはずである。
それが治まらないとすれば、神経を介して感じる痛みや痒みだけではないと考えるしかない。

ここで、「表皮自体が独自の近く機能を持っていて、
ヤケドの痛みや痒みは表皮が単独で感じたものであり、
神経組織は無関係である」とわかっていれば、
「鎮痛剤がヤケドの痛みに効かない」という問題は簡単に解決する。
前述の非ステロイド系鎮痛剤や抗ヒスタミン剤が思ったほど効かなかったのは、
どちらも「神経」がターゲットだったからだ。
神経の関与なしに皮膚だけで痛みや痒みを感じているのに、
神経に作用する薬をいくら投与しても意味がないのは当然である。

要するに、ヤケドの痛みやアトピー性皮膚炎の痒みの治療のターゲットは、
神経ではなく表皮でなければいけないのだ。
だから、皮膚や傷表面を覆って乾燥しないようにするだけで、
痛みも痒みも治まってしまうんだ。

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