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書籍と雑誌の要約と解説

都市が滅ぼした川

多摩川の自然史

装丁
都市が滅ぼした川 都市が滅ぼした川
加藤辿(NHK教育局科学産業チーフプロデューサー)
中央公論社(中央新書325)
ISBN4-12100-325-6
1973/05/15
¥280
目次
  1. 瀕死の多摩川
    1. 病める水
      1. 涸れた浄水場
      2. 調布の水
      3. カシンベック病
      4. 半谷教授の造反
    2. 多摩川のカルテ
      1. 水質事故記録
      2. 質の汚染と自然 – フェノール事件
      3. はじめに事故ありき – シアン大事故
      4. 秘密主義の破綻 – ABS事件
    3. 或る逆説
      1. 流域下水道は多摩川を救えるか
      2. BOD二〇ppmの意味
      3. 下水処理技術の歴史
      4. ルートン処理場が教えること
      5. 自然のシステム、人工のシステム
    4. 二枚の写真が語るもの
      1. 三十年の変貌 – 二つに断ち切られた川
      2. 水量変化は自然現象か?
      3. 人口は二倍、汚染は一〇〇倍
      4. 崩壊したリサイクルシステム
      5. 新しいサイクルシステム
  2. 多摩川と東京
    1. 東京の水源政策
      1. 三多摩合併
      2. 反対運動の敗北
      3. 東京の多摩川水源政策
    2. 玉川上水
      1. 空堀の桜
      2. 上水建設
      3. 玉川上水その後
    3. 小河内ダム
      1. 東京水飢饉
      2. 湖底の村
      3. 第二次水道拡張計画
      4. 過酷な補償査定
  3. 人間にとっての川
    1. 一つの運動の出発点
    2. 都市河川環境整備事業への疑問
    3. 自然の川
    4. 水を返す技術
    5. 市民にとっての自然
文献
  • 滝沢延次郎『日本におけるカシンベック病の研究』[P.5_14]
  • 津田松苗『水質汚濁の生態学』[P.80]
  • 東京都水道局『東京都水道史』[P.116_176]
  • 児玉幸多・杉山博『東京都の歴史』[P.121]
  • 多摩史研究会『多摩の五千年――市民の歴史発掘』[P.122]
  • 難波宣士『森林の治山治水機能』[P.133]
  • 植田孟縉・片山迪夫『武蔵名勝図会』[P.140_151]
  • 石川達三『日蔭の村』[P.161]
  • 小河内村『小河内村報告書―湖底のふるさと』[P.161_165_172]
  • 松下圭一『シビル・ミニマムの思想』[P.203]

解説

多摩川を舞台とした水質汚染および水道行政の歴史が詳細に描かれている。
特にシアン大事故とABS事件は浄水場の視点からも描かれていて参考になる。
だが『都市が滅ぼした川』の最大の目玉はカシンベック病に関する記述である。
医学的にもほとんど知られていない滝沢延次郎の学説が紹介されているからである。

内容

  1. カシンベック病有機酸説[P.14-17]
  2. 多摩川の汚染源はその六〇%が家庭下水だということもわかっている。[P.55]
  3. 中国の三廃運動というものが盛んにマスコミをにぎわしたことがある。
    これは廃ガス・廃水・固形廃棄物を資源に転化する運動として盛んに宣伝されているものである。[P.102]
  4. 農林省の下肥追放キャンペーン[P.103]

カシンベック病有機酸説[P.14-17]

故滝沢延次郎千葉大学名誉教授の『日本におけるカシンベック病の研究』は、
この病気について次のように説明している。

≪中略≫

この病気の発生地はいずれも泥炭地で、有機物が大量に含まれた水を飲み水としていた。
滝沢教授は飲料水に含まれる有機物が原因ではないかと考え、
戦後北海道や九州の阿蘇地方などの泥炭地を調査し多くの患者を発見した。

これと並行して動物実験が行なわれ、原因物質は、
植物とくに木の幹や皮などに含まれるリグニンという物質が分解する途中にできる有機酸、
とくにフェルラ酸とパラヒドロキシ桂皮酸らしいことをつきとめた、と書いてある。

千葉大学の研究によれば、これらの物質や発生地の水の一〇〇倍濃縮液を
実験動物に十日注射したあとその骨を顕微鏡で見ると、
骨の成長店である骨端部に変化が見られる。
正常なものでは骨の組織は縦にぎっしりと並んでいるが、
病気に侵された組織では吸収が起こって短く、グスグスになってしまっている。
これは病源物質がこの部分を直接侵すのではなく、
骨の成長に必要な唾液腺ホルモンを分泌する唾液腺が侵されるためで、
この部分にも病変が見られるという。

滝沢教授の生前から、もっぱら実験を担当してきた千葉大学病理の長尾孝一博士によれば、
たとえばスギの葉をジュースにしぼってすぐに注射しても発病しないが、
しばらくほっておいて褐色に色が変わったものを注射すると非常に発病しやすいという。
成分を分析しても、古いものほどパラヒドロキシ桂皮酸が多い。
これは植物にもともと含まれていなかったこの物質が成分の分解の途中で出てきたためということである。

ところでこのパラヒドロキシ桂皮酸という物質が
調布堰の原水から都立大学の半谷高久教授の分析によって検出され、
また、玉川浄水場の給水区域である雪ヶ谷小学校の児童を検診したところ
約一八%の子供に異常が発見されたと、その本には書いてある。
玉川上水上の原水は、調布取水堰が一種の沼沢地のようになっていて
底に有機物が溜まりやすいためであろう、というのが滝沢博士の推定であった。

≪中略≫

カシンベック病の原因物質が、リグニンの分解生成物質だとしたら、
生活排水による汚染でなぜそれが出てくるのか。

これについては、さきの小島前所長が故滝沢博士を病床に見舞ったときに質問してみたという。
それに対する滝沢博士の答はこうであった。
つまり、リグニンは土壌の中ならどこにでもある。
土壌の黒っぽい色をつくっているのがリグニンだといわれるくらいである。
これは自然状態で土壌がつくられたときに分解しやすい物質はすぐに溶けてなくなり、
分解しにくいリグニンだけが残ったためであろう。
しかし、分解しにくいとはいっても少しずつは分解して溶け出してくる。
そのなかにはパラヒドロキシ桂皮酸なども含まれているだろう。
しかし、この物資はもともと不安定ですぐに酸化されてこわれてしまう。
健全な川の浄化作用が保たれている限り、川の中で分解が進んで無害なものに変わってしまう。
ところが、大量の汚水が、この川の生理作用をすっかり破壊してしまった。
そこでこれまで見られなかったこれらの物質が顕在化してきたのだ、
というのが滝沢教授の推論であった。
すなわちこれは病める川の病理現象だという見解である。

農林省の下肥追放キャンペーン[P.103]

下肥の使用が、昭和三十年代から農業近代化の名のもとにいっせいに廃止されたのである。
日本の農業が下肥を使っていることが原始的で遅れている証拠のようにいわれ、
不衛生で寄生虫病の原因として排斥された。
近代的な農業は化学肥料を使うべきで、
下肥のような時代おくれの肥料を使っているのは野蛮な日本だけだ
というような農林省の指導と大キャンペーンが始まったのである。
この背後に肥料メーカーからどの程度の働きかけがあったか明らかではない。
とにかく結果的にはこのキャンペーンは大成功で、
下肥はおろか堆肥までがすっかり化学肥料によって駆逐されてしまった。
現在では、そのためすっかり地力が失われてしまったとして
改めて堆肥の使用を呼びかけている始末である。

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