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書籍と雑誌の要約と解説

海馬―脳は疲れない―

朝日出版社より刊行された単行本を文庫化

装丁
海馬―脳は疲れない― 海馬―脳は疲れない―
池谷裕二(東京大学薬学部助手)
糸井重里(東京コピーライターズクラブ新人賞)
新潮社(新潮文庫 い-36-4)
ISBN4-10-118314-7
C0140
2005/07/01(2002/06)
¥590

脳と記憶に関する、目からウロコの集中対談。
いわく、「『もの忘れは老化のせい』は間違い」
「30歳を過ぎてから頭は爆発的によくなる」――。
記憶を司る部位である「海馬」をめぐる
脳科学者・池谷裕二のユニークな発想と実証を、
縦横無尽に広げていく糸井重里の見事なアプローチ。
脳に対する知的好奇心を満たしつつ、
むしろオトナの読者に生きる力を与えてくれる、
人間賛歌に満ちた科学書。

目次
  1. 脳の導火線
    1. 第一章のはじめに
    2. 生きることに慣れてはいけない
    3. 頭のいい人って、自分の好きな人のことかも?
    4. 一流と言われる人は、実は案外「おしゃべり」だぞ
    5. ストッパーをはずすと可能性がひろがる
    6. 刺激があるから生きられる
    7. つながりを発見する能力
    8. 三〇歳の誕生日は人生の縮図
    9. 脳の九八%は眠っている
    10. 人間は眼に頼る
    11. 脳は死ぬまで休まない
    12. はじめての体験
    13. 自分に都合のいいように解釈をする脳
    14. 盲点を体感できる実験、お見せします
    15. 第一章のまとめ
  2. 海馬は増える
    1. 第二章のはじめに
    2. 脳は「べき乗」で発展
    3. 科学者が海馬に惹かれる理由
    4. 海馬があるから人間でいられる
    5. 人間はいちどに七つのことしか憶えられない
    6. ウソをつくのが脳の本性
    7. 何歳になっても海馬の神経細胞は増えている
    8. 脳は毎日が面白いかどうかに反応
    9. 「かわいい子には旅をさせよ」
    10. ハリウッドは血の入れ替えで成長した
    11. クリエイティブは、脳への挑戦
    12. 悩みを解決するコツ
    13. 第二章のまとめ
  3. 脳に効く薬
    1. 第三章のはじめに
    2. ものを忘れさせる薬
    3. 頭が良くなる薬は、あることはある
    4. 朝鮮人参やイチョウの効果
    5. 風邪薬はやる気を奪う?
    6. 眠っているあいだに、考えが整理される
    7. 酸化防止剤は老化防止剤
    8. やる気を出すコツはたくさんある
    9. 第三章のまとめ
  4. やりすぎが天才をつくる
    1. 第四章のはじめに
    2. 一〇〇〇億の細胞からつながる相手を選ぶ
    3. 受け手が主導権を握る
    4. センスは記憶
    5. 頑固が頭を悪くする
    6. モーツァルトでIQがあがる
    7. 天才とは、やりすぎてしまう人?
    8. 情報の捉えがたい洪水
    9. 新しい観点を得ることのすごさ
    10. 漢字テストは一〇〇点中二点だった
    11. テストのたびに公式を導き出す
    12. 問題をひとつずつ解くこと
    13. 言葉の呪い
    14. 結果ではなくプロセス
    15. 第四章のまとめ
  5. 追加対談 海馬の旅
    1. はじめに
    2. 誤解を招く=魅力がある
    3. 目的はひとつに決めない
    4. 脳には宗教をつくる海路がある
  6. 文庫版あとがき
校正
  • アセチルコリンを抑えるのを怖がりすぎて風邪がひおどくなっちゃったら本末転倒ですから、薬は飲んだほうがよい[P.218]

内容

図は描いた方が良く憶えられる[P.20]

見て憶える場合と、描いて憶える場合の、二通りの実験をしました。
そうしたら、一六歳ぐらいまでの若いグループは、
見て憶えようが描いて憶えようがほとんど結果に変わりがないのですが、
大人は、描いて憶えると飛躍的に成績がよくなりました。

見て憶えるだけだと、大人と子どものあいだの成績にほとんど差はありません。
だけど、大人が描いて憶えると成績は百点に近くなるのです。
大人のほうがよくできた。

指と脳[P.23-24]

指をたくさん使えば使うほど、指先の豊富な神経細胞と脳とが連動して、
脳の神経細胞もたくさんはたらかせる結果になる。
指や舌を動かしながら何かをやるほうが、
考えが進んだり憶えやすくなったり、ということです。
英単語を憶える時でも、目で見るよりも書いたりしゃべったりしたほうが、
よく憶えられるということは、誰もが経験のあることでしょう。

30歳を超えると推理力が飛躍的に伸びる[P.54-56]

脳自体は三〇歳や四〇歳を超えたほうが、むしろ活発になると言われているんです。
三〇歳以降の脳は、独特なはたらきをするようになるので、
それを利用できるかできないかで、ずいぶん変わってくると思いますよ。

ぼくは今三一歳でして、まだ経験してないから実感はないのですが、
脳は三〇歳ぐらいから別の動きに入るようです。

新しいものにすんなりなじめる人と、なじめなくてそれまでの脳の使い方に
固執して芽が伸びないままの人との二極分化が起こるという。

……三〇歳を過ぎると、つながりを発見する能力が非常に伸びるんです。

「英語のうまい人はフランス語の上達も早い」
「ソフトボールがうまい人は、野球の上達が早い」

たとえて言えば、そういったような状態ですね。
つまり、前に学習したことを生かせる能力というか……。
一見関係のないものとものとのあいだに、
以前自分が発見したものに近いつながりを感じる能力は、
三〇歳を超えると飛躍的に伸びるのです。

糸井

え? その能力が伸びることは、何でわかるのですか。

池谷

研究の中で脳を直接見ていると、
「二十代が終わるところまでの状態で、脳の編成はだいぶ落ち着いてくる」
ということが、ほんとうによくわかります。

それまでは、つくったり壊したりのくりかえしで、
脳は再編成されながら柔軟に動いていくんですけど、
三〇歳を超えるとワインが熟成していくような落ち着きが出てくる。
……すでに構築したネットワークをどんどん密にしていく時期に入る。

ですから、推理力は大人のほうが断然優れています。
若い時にはつながりを発見できる範囲が狭いのですが、
年を取っていくにつれてつながりを発見する範囲がすごく広がって、
その範囲は三〇歳を超えたところで飛躍的に増える。

「今まで一見違うと思われたものが、実は根底では、つながってる」

ということに気づきはじめるのが、三〇歳を超えた時期だと言われています。

区切りのいいところで休憩するのは良くない[P.79-80]

池谷

ある作家の話で、

「区切りのいいところまで書いて終わりにして、
あとで続きを書きはじめるのはとても難しい。
それよりも、区切りのいいところからあと数行を書いて休憩をとったほうが、
うまくいく」

と聞いたことがありますが、それを聞いても、
いかにほんとうの休憩がよくないかがわかりますよ。

糸井

「脳は疲れない」を聞いて、ぼくらが迷信のようなものを吸収しすぎて、
いかに間違っていたかがわかります。

「休む時は、休むんだ!」

なんて、あれは妙に説得力があるもの。
そういうことが、たくさんあるんだろうなぁ。

「休まないでほかのことをする」という内容で言うと、
ぼくの場合は自動車の運転とかパチンコがいい。
考えているテーマと関係のない刺激があるおかげで、
それまでの自分の分類にズレが出てきますから。

考えている時って、分類がどうしても固定しちゃうんですよ。
そんな時にクルマを運転して、たとえばものすごいピンク色の洋服を着た
派手なおぼさんが前に現れるとしますよね。

そうすると、ひとつのことを考えていながら、

「すげぇピンクだぜ」とか、ふと思うんです。
このピンクっていうような余計な考えが混じると、それまでの分類にズレが出て、
おかげで考えていることを別のところから眺められたりしはじめるんですね。
いままで考えていたことに、色っていう要素をつけ加えたらどうなるんだろうとか。

大家族の中に秀才が育つとよく言われますが、
それも、まわりに集中を邪魔するものが多いからかもしれません。

海馬が大きいほど記憶力が高い[P.150-151]

海馬は情報の仕分けという非常に大切な役割を担っていますから、
海馬の神経細胞の数が多ければ多いほど、たくさんの情報を同時に処理できます。

ということは、海馬が発達すれば、
たくさんの情報を同時に残そうと判断できるだろう、ということです。

海馬そのものの中に記憶が蓄えられるわけではないのですが、
「海馬が大きければ記憶力が高まるのは、たくさんの判断ができるからだ」
という考え方ができます。
しかも海馬が大きく発達していると記憶力が高まるということは、
実験によってずいぶんと確かめられています。
人によってだいたい、一〇%や二〇%の神経細胞の違いが出ます。

タクシードライバーの勤務年数と海馬量は比例する[P.158-160]

おととし報告された例で、タクシードライバーの海馬を調べた、
ユニークな女性の研究者がいたんです。
ふつうは動物で実験するのですが、
その人は人間を対象にしたところが独創的でした。

結果としては、タクシードライバーとそうじゃない人との海馬を比べると、
タクシードライバーの海馬のほうが、大きかったんですよ(図20)。

Eleanor A. Maguire, David G. Gadian, Ingrid S. Johnsrude, Catriona D.
Good, John Ashburner, Richard S. J.Frackowiak, and Christopher D. Frith,
“Navigation-related structural change in the hippocampi of taxi drivers”
in PNAS Vol.97, no.8, p.4401, figure 3.b,
2000 C National Academy of Sciences, U.S.A

糸井

いろいろな道を通るとか、いろんな人に会うというような、
新規の刺激にいつもさらされているから?

池谷

そうです。その証拠に、海馬の大きさは、
タクシードライバーになってからの勤続年数に比例して増えているんです。
海馬がいちばん大きいのは、五〇年以上もタクシードライバーをやった人だとか。

海馬にとって一番の刺激は空間情報[P.164]

調べていくうちにわかったことなのですが、
海馬にとっていちばんの刺激になるのが、
まさに「空間の情報」なのです。
ここから部屋の隅に移動するというだけでも、
空間的な概念が海馬に刺激を与えますよ。
おもしろいことに、実際には動かなくても、
頭の中で移動を想像するだけでもちゃんと刺激になるんですよ。

海馬が発達していると新しい局面に適応できる[P.178]

ネズミは、ストレスを感じている時には胃潰瘍ができますから、
科学者はネズミにどのぐらいのストレスがかかっているかを胃潰瘍で判断します。

そこでわかったのですが、海馬を破壊されると、
ネズミにはものすごいストレスがかかるようになるんです。
その逆に、海馬が発達していると胃潰瘍が少なくて済みます。
いかに新しい環境に対して対応できるかがポイントなんです。
海馬は「新しい環境はストレスではないんだよ」と自分に伝える役割をするのです。
これは海馬の役割を象徴する実感だと思います。
つまり海馬は新しいことを処理する能力に長けている。

頭を良くするもの[P.203-205]

糸井

神経細胞の可塑性を増やす、魔法の薬に近いような効果のある食品は、
案外、どこか自然界にないものでしょうか?

池谷

あると思いますよ。

糸井

迷信とか民間療法の中にありそう。なんか怪しい話ですけれども。

池谷

実は、あるんです。安全なところから、危険なものまで。
いちばん安全なところで言うと、DHAですね。
だけどこれはふだん足りているので、ほとんど気にしなくても大丈夫なんです。

糸井

あ、そうなんですか!? 意外だった。

池谷

わたしたちが測定したかぎりでは、
ネズミに生涯DHAを与えないでおいても、DHAは身体からなくなりません。
さらにそのネズミから生まれた子どもにも、ずうっとDHAを与えないとしても、
それでも残っているんです。
その次の世代になって、ようやくDHA欠乏が起こるという程度ですね。

糸井

DHAは「足りているから大丈夫だ」と。

池谷

他のものとしては、中国の生薬のような天然の薬の中に、
神経細胞の可塑性を活性化させるものが入っていますね。
イチョウとか。

糸井

イチョウの葉?

池谷

ええ。それから、ブクリョウという薬。

糸井

漢方薬として有名ですね。

池谷

はい。効果を出すためには、ものすごくたくさんの危険量を飲まないといけないので、
これを聞いたからといって、あんまりたくさん飲まないでほしいんですけれども。

そして、朝鮮人参には、わたしたちが薬をつくる時に肝臓から検出した物質と、
ほぼおなじはたらきをする成分が含まれています。
細かい話をすると、メカニズムはわたしたちのつくった薬と異なるのですが、
脳の可塑性を高めるという意味においては、まったくおなじことをします。
結果はおなじです。

糸井

朝鮮人参はよさそうですね。

池谷

サフランの中にも可塑性を高める成分があります。
ただ、それはお酒を飲む時に効くだけなんです。
お酒を飲む時には可塑性が低くなるのですが、
サフランの中のクロシンという物質はそれを防ぐという特徴がありますね。
お酒を飲む前にサフランライスを食べると、記憶が飛びにくくていいかもしれません。

始めなければやる気は起きない[P.208-210]

池谷

「やる気」を生み出す脳の場所があるんですよ。
側坐核と言いまして、脳のほぼ真ん中に左右ひとつずつある。
脳をリンゴだとすると、ちょうどリンゴの種みたいなちっちゃな脳部位です。
ここの神経細胞が活動すればやる気が出るのです(図23)。

糸井

そんなに具体的な場所があったんですか、
教えてくれたら、そのへん叩いてやるのに。

池谷

ははは。
ところが、側坐核の神経細胞はやっかいなことに、
なかなか活動してくれないのです。
どうすれば活動をはじめるかというと、ある程度の刺激が来た時だけです。
つまり、「刺激が与えられるとさらに活動してくれる」ということでして……
やる気がない場合でもやりはじめるしかない、ということなんですね。
そのかわり、一度はじめると、やっているうちに側坐核が自己興奮してきて、
集中力が高まって気分が乗ってくる。
だから「やる気がないなぁと思っても、実際にやりはじめてみるしかない」のです。

糸井

やりはじめる前に、やる気がないのは当然なのですか?

池谷

はい。やってないから、やる気が出なくて当たり前です……
この現象はクレペリンという心理学者が発見して「作業興奮」と呼ばれています。
作業しているうちに脳が興奮してきて、作業に見合ったモードに変わっていくという。

掃除をやりはじめるまでは面倒くさいのに、
一度掃除に取りかかればハマってしまって、
気づいたら部屋がすっかりきれいになっていた、
などという経験は誰にでもあると思います。
行動を開始してしまえば、側坐核がそれなりの行動を取ってくれるから。

糸井

うちの奥さんに、このあたりを読ませてやりたい。

池谷

側坐核は海馬と前頭葉に信号を送り、アセチルコリンという神経伝達物質
(神経系の情報伝達に関与する物質。興奮に応じて放出され、
シナプスを刺激することによって伝達を行う)を送っています。
この物質がやる気を起こします。
アルツハイマー病の患者さんはこのアセチルコリンがすごく減ってしまうんです。
だから生気がないというか、覇気を感じない状態になる。

薬によってはやる気を妨げる[P.211]

池谷

いちばん顕著なのは、風邪薬、鼻炎の薬、下痢止めの薬などですね。

アセチルコリンっていうのは頭の中ではやる気をつくる物質なんですけども、
腸のはたらきを活発にする物質でもあるんです。
だから、アセチルコリンを抑える「下痢止め」は、
腸のはたらきを抑えると同時に頭にも効いちゃう。

それと、風邪をひいた時に風邪薬を飲むと眠くなるのも、
アセチルコリンのはたらきが抑えられるからなのです。
だから、今日は勝負の日だという時……
たとえば受験とか初デートとかの時には、
「風邪ひいてるからちょっと飲んでおくか」という判断は、まずいかもしれません。
頭がぼーっとしてくるし、ついでに眠気まで出てくるから。

今はアセチルコリンのはたらきを抑える成分の入っていない風邪薬もあるので、
薬局で薬剤師に「脳のアセチルコリンを抑えない薬をください」
と言えば親切に教えてくれるはずですよ。
ちなみに、アセチルコリンのはたらきを抑えてしまうのは、
有名なもので言うとジフェンヒドラミンやポコラミンなどです。
興味があったら薬の裏の成分表示で確かめてみてくださいね。
それが入っていたら眠くなります。

生活リズムが狂うと海馬が死ぬ[P.215]

池谷

毎日のリズムを崩すことが海馬に非常に悪影響を与えることもわかってきました。
時差ボケのような状況に陥ると、
ストレスで海馬の神経細胞が死んでしまうという実験結果が出たんです。
ある航空会社では、その実験が報告されてから
「客室乗務員のスケジュールを一から見直そう」という動きに出たそうですよ。
客室乗務員はそれこそ常に生活リズムを崩すような生活になっているのだけれども、
やはりリズムを守れるように、と。

レミネセンス(追憶)[P.217-218]

池谷

眠っているあいだに海馬が情報を整理することをレミネセンス(追憶)といいます。
これはとてもおもしろい現象で、たとえばずっと勉強していて
「わからなかったなぁ」と思っていたのに、
ある時急に目からウロコが落ちるようにわかる場合がありませんか? 
それはレミネセンスが作用している場合が多いのです。
ピアノの練習をいくらしても弾けなかった曲を、次の日にすらすらできてしまったり。

糸井

あれは脳が夜、情報のつなぎ換えをしているうちに、できるようになったのですか?

池谷

そうです。

糸井

眠っているあいだに、ずいぶん高度なことをやっていますね。

池谷

はい。しかも、それは脳に任せておけばいい作業なんです。
ぼくたちがしなければいけないことは、「ただ、眠るだけ」。

だから、このレミネセンスを生かすには、
眠る前に一通り仕事をやってみるという工夫があるといいでしょう。
そうすると、眠っているあいだに脳が無意識のうちに考えてくれるので、
仕事もよりはかどると言うか。
たとえば、仕事の〆切がまだまだ先であっても、
早めに書類などに目を通しておくということは、とても重要な姿勢だと思います。

ちなみに、夢を見る刺激を与える物質も、
さきほどやる気を与える物質と言ったアセチルコリンなんです。
ですから風邪薬のようなアセチルコリンを抑えるものを飲むと、
情報が整理できない睡眠になってしまいます。

細胞が死ぬ病気に効くNアセチルシステイン[P.223-224]

糸井

もしかしたら痴呆症が治るかもしれないという可能性についても、
研究なさっているのですか。

池谷

はい、考えに入れています。

痴呆とは神経細胞が死にすぎてしまう病気です。
でも、死んでしまった神経細胞はもう二度と生き返らないから、
痴呆を回復させることができる方法はふたつしかありません。
つまり、生き残った細胞の「可塑性を高める」という方法と、
もうひとつは、「生き残っている細胞を死なないようにさせる」という方法です。

試験管の中の神経細胞を見ていると、培養していてもどんどん減ってしまう。

だけれども、「それにある薬をかけたら死ななくなった」というものが見つかれば、
それが痴呆の薬になるだろうと考えています。

糸井

池谷さんから聞くとなるほどと思うけど、
実際にそのように研究しているという話は、SF的にさえ思えてしまいますね。

池谷

今のところだけでも、
死にゆく神経細胞をとめることのできる物質を、いくつか見つけています。
今、いちばん死なないようにさせるのがさっき話題になった酸化防止剤なんですよ。
Nアセチルシステインといって、アメリカでは栄養補助剤として薬局で売っています。

糸井

アルツハイマー型の痴呆だけにかぎらず?

池谷

細胞が死ぬ病気なら何でも、です。
パーキンソン病は、手足の運動をつかさどる神経細胞が死んでいく病気ですし、
ホーキング博士がなっているタイプの筋肉が固まってしまうALSという病気も、
細胞が死んでしまうことで症状が出ますから、たぶん効くと思います。
もともと人間の身体には酸化防止剤機能が備わっていて、
酸化を防止するたんぱく質があるのですが、
それがはたらなくなってしまうとALSになるのです。

目標達成にはスモールステップアップが有効[P.227]

サルを使って実験をしている友だちがいるんですけど、
彼は、サルにマルと楕円の違いを教えこむ時には、
最初からマルと楕円を区別させようとしても、
ぜんぜん憶えてくれないと言っていました。
マルが出たらレバーを押すようにしつけることだけなら簡単にできる。
だけど、そのままだと、楕円が出た時にもレバーを押してしまいます。

この時にぼくの友だちがやったことは、中間の課題として、
マルと三角を区別させるんですよ。それは区別がつくんですね。
そして成功した時にエサを与えるというように訓練すると、
いつしかマルと楕円を区別できるようになる。
だんだんと微妙な違いがわかるようになるわけです。

記憶力を高める方法[P.228]

池谷

脳をはたらかせる細かいコツは、たくさんあります。
ブドウ糖を吸収したほうがいいとか、
コーヒーの香りが脳のはたらきを明晰にするということも言えます。
あとはたとえば、前に言った「扁桃体と海馬がお互いに関係し合っている」
ということで言うと、扁桃体を活躍させると海馬も活躍します。

扁桃体をいちばん活躍させる状況は、生命の危機状況です。
だから、ちょっと部屋を寒くするとか、
お腹をちょっと空かせるという状態は、脳を余計に動かします。
寒いのは、エサの欠乏する冬の到来のサインですし、
お腹を空かせるのは直に植えにつながりますから。

モーツァルト効果[P.259-260]

池谷

ラウシャーというアメリカの博士が、
一〇年前に「モーツァルトを聴くとIQが八から九も上がる」
というデータを『Nature』という権威ある雑誌で発表したんです。
おもしろいことに、モーツァルトじゃないと、IQ上昇の効果がないんですよ。
バッハだったら多少効果があるけど、
ベートーヴェンやショパンではぜんぜん効果がない。
だから「モーツァルト効果」と呼ばれました。

当時話題になったのは、
『二台のピアノのためのソナタニ長調K.四四八』という曲です。
ただ、効果は決して長続きはしなくて、
聴いたあと三〇分から一時間ぐらいで消えてしまうんです。
なぜIQが上がるのかも理由がわからない。不思議なものです。

宗教脳[P.338-339]

池谷

人間の歴史と宗教の歴史って、たぶんおなじくらい古いわけですよね。
そもそも、脳の中には、宗教をつくる回路が用意されているんです。

糸井

え? ホントですか?

池谷

たとえば、目がものを見る回路というのが後頭部にあるんですけど、
そこを刺激してあげると見えかたが変わったりします。
運動野を刺激すると、手や足の指が動いたりします。
それとおなじように、脳を刺激していくと、
神さまを感じる場所というのがあるらしいんですね。

糸井

それは、どこですか?

池谷

側頭葉の上の部分の、しかも左半球にあるんです。

糸井

おもしろいなあ。

池谷

そこを刺激すると、
おそらくキリスト教徒ならキリスト教徒にふさわしいものが見えるんです。
おとなのてんかん患者の多くは側頭葉に問題があって起こるのですが、
その側頭葉のすみっこに「神さまが見える領域」があるんです。
実際、てんかん患者のなかには発作中に宗教的体験をするひともいますし、
古代ではてんかん患者は「神の使者」として大切に扱われていた文明もあるのです。

まあ、そこを厳密に「神の領域」と呼んでいいのかはわからないのですが、
少なくとも宗教的な体験をする回路が脳にあらかじめ用意されているという
この事実から考えると、神を否定することは、脳にとって自然ではないんですね。

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