バベルの図書館

書籍と雑誌の要約と解説

複合汚染

日本版沈黙の春

装丁
複合汚染 複合汚染
有吉佐和子(日本のレイチェル・カーソン)
新潮社(新潮文庫 あ-5-12)
ISBN4-10-113212-9
1979/05/25
¥781
解説
これは朝日新聞朝刊の小説欄に
昭和四十九年十月十四日から八ヵ月半にわたって連載したものでした。
私が目的としたのは「告発」でもなければ「警告」でもありません。
一人でも多くの人が、もう少し現実について知るべきだと考えていましたので、
数年前から連載小説を書く約束をしていた朝日の学芸部に、私からお願いして、
こういう内容だけれど必ず多くの読者を捕まえてみせますからと
広言して書かせて頂いたものです。
文献
  • 磯野直秀『物質文明と安全』
  • 磯野直秀『ヒトと人間』
  • 藤原邦達『住民運動読本』
  • ロデイル『有機農法』
  • 柳沢文正『日本の洗剤その総点検』
  • 柳沢文徳『食品衛生の考え方』
  • レイチェル・カーソン『沈黙の春』
  • 片方善治『低公害自動車の知識』
  • 松谷富彦『公害のはなし』
  • ダーウィン『腐葉土とミミズ』[P.191]
  • 日本植物防疫協会『農薬要覧』[P.246]
  • H・フィルブリック&R・グレッグ『コムパニオン・プランツ』[P.360]
  • 富山和子『水と緑と土』[P.401]
  • 仏映画『カシマ・パラダイス』[P.595]

内容

  1. 私は毎日、車の窓から車道の排気ガスをかぶって暮すようになって、それが頭痛の大原因であるところから、大気汚染に対する怒りに燃えていた。[P.74]
  2. 平地面積と車の台数の比較では、日本はアメリカの八倍の自動車を持っているのだ。[P.74]
  3. 日本人だけが大量摂取した殺虫剤BHC[P.124-126]
  4. 『沈黙の春』の風刺[P.130-131]
  5. フェニル水銀公害[P.144-148]
  6. 水銀薬と水銀コンドーム[P.151-152]
  7. 輸入穀物の残留農薬検査は行われていない[P.165-167]
  8. 魚肉ソーセージの発端は核実験[P.170]
  9. 米にはピペロニルブトキサイドが噴霧されている[P.176-178]
  10. 農家の人々の多くは、自分の家で食べる野菜や果物には、ほとんど農薬を使わない。[P.185]
  11. 肥料になった火薬[P.197-200]
  12. ホリドール事件[P.220-221_291-293]
  13. 毒ガス工場の肺癌死亡率40倍[P.223]
  14. すでに三十年も前にアメリカでは、生れた豚の半数しか育たないことが連邦農務省によってほうこくされている。[P.250]
  15. 化学肥料を施した土地だと豚が白色下痢になりやすい[P.251]
  16. 漬物に食品添加物が使用される理由[P.278-281]
  17. クリーニング屋は粉石鹸しか使わない[P.407-410]
  18. 洗剤自殺事件[P.428-430]
  19. 環境庁が発表した資料によると、日本の中性洗剤使用量は、一人当りで世界の第十七位となっているが、平地面積当りでこれをみると世界第一位なのである。[P.435]
  20. 胃潰瘍の豚は旨いという暴言[P.517-518]
  21. 第二次世界大戦でナチスがユダヤ人を虐殺ぎゃくさつしたとき、最初に使った毒ガスが、排気ガスだったという話を思い出したからである。[P.534]
  22. 謎のガソリン添加物[P.543-544]
  23. 現代の奇病「自然気泡」[P.544-546]
  24. 有吉佐和子のスモッグ体験談[P.547-548]

日本人だけが大量摂取した殺虫剤BHC[P.124-126]

BHCはヨーロッパの学者が合成したものだが、
それは日本でいえば江戸時代に当る頃である(一八二四年)。
第二次大戦の最中に英国がこの物質の殺虫効果を発見し、
日本が戦争に敗けた年から石炭や石油を原料にして大量生産を始めた。

日本には戦後二年目に導入され、たちまち十二の企業の手で生産され、農村に送り出された。

しかし、このとき、日本の企業も農林省も大きな誤ちを犯していた。

この塩素系農薬は稲にたかるニカメイ虫を駆除するのに効果があったが、
BHC原体には次のような種類のBHCが次のような割合で含まれていた。

 アルファBHC   六八~七八パーセント
 ベーターBHC   九パーセント
 ガンマーBHC   一三~一五パーセント
 デルタBHC    八パーセント

この中で殺虫効果が抜群なのはガンマーBHCであり、このBHCは比較的分解が早く、
人間の躰に入っても数日間で腎臓じんぞうから排泄される。
だからガンマーBHCは躰に蓄積されることがない。

BHC原体からガンマーBHCだけ取り出すのは非常に簡単であるにもかかわらず、
日本の農薬会社はその手間と経費を惜しんで
アルファもベーターも混ざったBHC原体をどんどん農村に売ってしまった。
アルファBHCも、ベーターBHCも、殺虫効力はないに等しいが、
分解しにくいので人体には残留する。もちろん土にも残留する。

こんなことは素人の私でさえ、化学書をちょいと読めば分かるのだから、
農薬メーカーが知らなかった筈はない。
どの会社の中にも専門の学者はいたし、彼らは知っていたに違いないが、
誰も危険性の警告をしなかった。

彼らをチェックする機関は、農林省と厚生省だが、
彼らは欧米諸国で使われているBHCは
ガンマーBHCであることを知っていても、何の手もうたなかった。
外国ではガンマーBHCに限って使用許可を出しているので、
日本のような汚染問題は起きていない。

いったい、こんなことが、あってもいいものかどうか。

日本のBHCは昭和四十六年にようやく使用禁止になったが、
土におびただしくしみついた残留汚染がほぼ消えるまで
ガンマーBHCでも六年半かかるといわれている。
私たちは、ガンマーBHCに関しては、あと三年半、我慢していなければならない。
しかし、アルファや、ベーターBHCに関しては、資料がないから分らない。

『沈黙の春』の風刺[P.130-131]

農業雑誌「アメリカン・アグリカルチャリスト」には、ものすごく面白い風刺随想がのった。
多分、日本でいえば「家の光」のような雑誌に当るだろうか。
あんまり面白いので、日本の読者に紹介せずにはいられない。

それは一人の少年と彼の祖父との対話で、
二人はドングリをむさぼるように食べながら、
最近出版された『静かな夏』という本について語るのである。

「その本のおかげで、
たくさんの人たちが畑に農薬を撒いちゃいけないと信じるようになったのだよ。
俺たちは今、自然のまんまに生きてるんだよ。
お前の母さんは蚊にさされてマラリアで死んでしまった。
お父さんは飢え死にした。
バッタが作物を全部喰いつくして、怖ろしい飢饉ききんが起ったのさ。
俺たちが今、腹を減らしているのは、去年植えつけたジャガイモが病気で全滅しちゃったからだ。
俺はこの本を書いた女の人がここへやってきて、
大自然に生きる喜びってやつを、俺たちと一緒に味わってもらいたいよ。

フェニル水銀公害[P.144-148]

有機水銀は一九一二年(大正元年)頃からドイツで殺菌剤として使用され始めたが、
欧米で農作物の種子の消毒用としてアルキル水銀
(水俣病で有名な)が登場するのは一九三〇年である。
日本でフェニル水銀が稲のイモチ病に特効があると発見されたのが昭和二十七年、
翌年から大々的に日本中の農村で使われるようになった。

種籾を苗代に蒔く前に水銀で消毒するのが、
それまでの農林省の指導であったが、あまりの素晴しい効力に、
農林省も農協も水銀こそ最高の農薬だという信仰を持ってしまった(としか思えない)。

田植の後も、稲に散布することを思いついて下さったのは、いったい誰だっただろう。

世界中で、農作物に水銀を空中から散布したのは日本だけだった。
ウンカやクモまで全滅したといって、農民が大変に喜んだが、
日本の農村医学会で初めて農薬に関する研究が報告されたのが、それから五年後のことになる。
それは有機水銀による肝臓障害という形でだけ発表されたが、実情はもっと複雑で深刻だった。
農家の人々が次第に原因不明の病気にかかり始めた。

熊本県水俣市で起った公害病が、工場の廃液中の水銀が原因であることを
熊本大学の研究班が発表したのが昭和三十四年であるというのに、
農林省では水銀が農村でバラまかれていることについて、何の警告も発しなかった。
農協の幹部たちは、水俣病にどうして関心を寄せなかったのだろう。
今から思っても不思議としか言いようがない。

ここに一九六四年(昭和三十九年)東京オリンピックのとき、
日本へ来た各国選手の毛髪をとって、水銀含有量を調査した資料があるので、よく見て頂きたい。

 西ドイツ    〇・一〇
 イギリス    一・五〇
 アメリカ    二・五七
 日本      六・五〇

頭髪に関して言えば、日本人は西ドイツ人の六十五倍の水銀を含有しているのである。
(数字はppmを表すもの)

世界に名高いミナマタ病は、脳に八ppmの水銀が入って神経を冒したとき発病するといわれている。
東京オリンピックに参加した日本選手の髪の毛には六・五ppmの水銀があった。

なんとも薄気味の悪い話だが、もう少し続けよう。

昭和三十年代、十二年間にわたり田畑一ヘクタールに入っている水銀農薬の量は、

 スウェーデン   四
 ドイツ      六
 イギリス     六
 フランス     六
 オランダ     九
 アメリカ     二五

ところで日本はどのくらいの数字になるか。明日までゆっくりお考え下さい。
お友だちとカケをなさっては如何ですか。(数字はグラムを示すものである)

田畑一ヘクタールに投じた水銀農薬は、日本では表に示す通り、
七三〇グラムという滅茶々々なものである。
愛するアメリカの三十倍、
尊敬するイギリスの百二十倍もの水銀を日本はヘリコプターによる空中散布で、
タンボにぶちこんでしまったのだ。

こういう数字を見ていると、農林省というところは、
いったい何をするための役所なのかと考えこんでしまう。
農林省の行政官は、まるで農薬会社の猛烈セールスマンだったとしか思えない。
彼らは売って売って売りまくった。

農林省はGNP(国民総生産量)を上げるために、日本人の健康を悪魔に売り渡した。
農村から続々と病人が出た。直接散布に当った農協の職員は、まず目をやられた。
散布の後はれたまぶたを冷やしながら寝ていたものだそうだ。
次いで彼らは肝臓障害を起した。

公明党と社会党が国会へこの問題を持ちこんだのは昭和四十一年だった。
農村医学者である若月俊一氏と白木博次東大医学部教授
(今日のこの数字は、実は白木先生から頂いた資料である)が参考人として呼ばれ、
二人は口をそろえて水銀散布は即刻やめるべきだと主張した。
が、即刻どころか、散布が禁止されるまでそれから三年もかかっている。

水銀農薬の土壌汚染については、あまり書きたくない。
最も希望のもてる数字で、五十年残留するといわれている。

水銀薬と水銀コンドーム[P.151-152]

「なに、水銀はわずかなものだから、水俣病になる心配はないさね」

と、今でも事もなげに言う人がいる。

「でも、水虫の薬を塗って、水俣病で死んだ人がいるんですよ」

「どうして」

「水虫の薬に有機水銀が入っているからです。
発見したのは沖中内科で、昭和三十七年頃だと思いますけど」

「水虫の薬で、ねえ」

本当はインキンタムシだったのだけれど、
私も女の端くれで、ちょっと表現を変えざるを得なかった。

「もう使ってないと思いますけど避妊薬にも入ってたそうです」

「どの避妊薬だろう」

誰でも心当りがあるせいか、必ず真顔でき返してくる。

「男性用の避妊具です」

「コンドームかね」

「ええ、ゼリーつきのがあるそうですね。
あのゼリーの中に有機水銀が入っていて、きっと精虫を殺す目的だったのでしょう」

「ひでえなあ」

「それで水俣病になった症例はないかと調べてみたんですが、
水虫の薬ほど毎日使うものじゃないらしくて、見つかりませんでした」

このコンドームの広告はテレビコマーシャルの傑作の一つだったが、
近頃は少しも見えないから、きっと自主規制をしたのだろう。

有機水銀入り避妊ゼリーについては、専門家に話をきくと、

「それを頻繁ひんぱんに用いた場合には、
水俣病になる前に男性は不能になっている筈ですよ。
有名な科学者で実験室の床下に水銀がたまって不能になった
という話があるくらいですから」

と言われた。(これは化学肥料の産みの親、リービッヒのことである)

輸入穀物の残留農薬検査は行われていない[P.165-167]

「あのオ、日本に輸入される穀物について、農薬の検査はどこでやっているのでしょう」

「やっていないと思いますよ」

「どうしてですか。表向きでもやるはずの機関はあるでしょう」

「うちでは植物防疫ぼうえき課かなあ。通産省の方かもしれませんがね」

農林省詰めの新聞記者に教えてもらって、最初は農林省植物防疫課に、私の書斎から電話をかけた。

「輸入穀類の農薬汚染ですか。それはこちらではやっていません。
厚生省の方ではないかと思いますが、
我々の方では植物に付着している害虫のチェックが仕事なんですよ。
ああ、しかし食糧庁の輸入課がやっているかもしれませんね。
この電話をお廻ししましょうか。ちょっとお待ち下さい」

農林省食糧庁輸入課では、

「それは私どもの課ではやっておりません。
輸入する穀類の名称や数量ならお答えできますが。
どこで調べたら分るか?
そうですね、農林水産技術会議におきになれば分ると思いますが、
この電話お廻ししましょうか」

農林水産技術会議の総務課では、

「ああ、それは食糧庁輸入課で聞けば分ります。
え? 食糧庁が分らないと言ったんなら、こちらでも分りませんよ。
税関の関係じゃないかなあ。ちょっと待って下さい」

別の人が代って、

「通産省の輸入課でやっていると思います」

通産省の輸入課に電話をしたところ、

「え? 農薬ですか。うちは関係ないですよ。
切符を切るだけですから。切符って何のことか?
つまり何をどれだけ入れるかという仕事をですね、やっているだけですから。
それはきっと厚生省ですよ。食品衛生課へお問合せになったら如何いかがですか。
いや、大丈夫ですよ、厚生省ですよ。
厚生省に食品衛生法というのがありますから、食品衛生課で、
その法律の専門家がどこにいるか、お聞きになれば分りますよ」

厚生省の食品衛生課に電話をすると、

「米麦は食糧庁の管轄かんかつですから、そちらへどうぞ。
え、農薬の検査ですか。食品衛生法?
食品衛生法では第十六条で輸入の届出を義務づけています。
それで、うちの課の内規によってですね、全国十三港に、監視員がいます。
電話番号ですか、十三全部申し上げましょうか」

東京にある厚生省食品衛生監視員事務所に電話をすると、
たった一人の食品担当専門官が出た。

「農薬の検査ですか。やらなければならないと思っていますが、
この事務所だけでも年間三万件をオーバーしてますのでね。
直接市販されるもの、悪質業者とマークされているものをチェックするだけで手一杯なんですよ。
現実には、つまり技術的にも人手が不足してますのでね、やらなければならないと思っているんですが」

魚肉ソーセージの発端は核実験[P.170]

もう大分前のことになるが、厚生省の食品課長さんをお訪ねして、いろいろ話を伺った。
魚肉ソーセージの起源というのが面白かった。

ビキニ環礁かんしょうで核実験が行なわれたとき、
日本の漁民が死の灰を浴びて原爆症になった事件は、誰でも忘れていないと思う。
あのとき荷揚げされた原爆マグロは捨てたが、
ついでに売れなくなったマグロの処置に困って、
これとZフラン(AF2の前身である)を結婚させたのが、
日本における(つまり世界最初の)魚肉ソーセージだったのだそうだ。

米にはピペロニルブトキサイドが噴霧されている[P.176-178]

厚生省が自信をもって発表している食品添加物のリストの中で、
米にはピペロニルブトキサイドが添加してあることが明示されている。
倉庫に貯蔵される前の玄米に噴霧している。

この舌をみそうに長い名の防虫剤は、
石油から合成され、それ自体低毒性なのだけれども、
各種殺虫剤と共存すると相乗的に殺虫効果を強めることは三十年前に発見されていた。
日本でも外国でも、除虫菊から抽出されたピレトリンと混ぜて用いられる場合が多い。

日本ではピレトリン一に対し、ピペロニルブトキサイド一〇の割合で混入し、
殺虫剤として用いられている。

<中略>

さて、米に添加されているピペロニルブトキサイドは温度は二百度や三百度では分解しない。
御飯にいても消えないことになる。
これは困ったことになったと調べてみたら、ピペロニルブトキサイドは、
禁止されたDDTやBHCなどのような土に残留している殺虫剤と同じく、
水に溶けにくいが、油に溶けやすい正確を持っていることが分った。
つまり、他の殺虫剤と共に、どちらかといえばぬかの方に沢山混っているので、
精白された米を、よく洗って食べる分には、あまり心配しなくていいだろう。

どんなに夏の暑い日でも、糠味噌みそに虫がわかなくなっている理由について、
もう書く必要はないと思う。

肥料になった火薬[P.197-200]

窒素肥料としては、チリやペルーで産出するチリ硝石(硝酸ナトリウム)が、
一八三〇年代からヨーロッパにさかんに輸入され、
肥料と火薬の原料として用いられるようになった。

肥料と、火薬。

同じ硝石が、農地を豊かにする一方で、
戦争に必要な火薬の材料にもなっていた事実を、私たちはよく覚えておく必要がある。

硝酸カリウムの方は火薬用の需要の方が多く、肥料にはとても使えなかった。
しかし一八五六年、ドイツで豊富なカリ鉱が発見されて以来、
カリ肥料の利用が大々的に行われるようになった。

ホリドール事件[P.220-221_291-293]

昭和二十七年から使われているホリドール(別名パラチオン)
に関しての報告を詳しく数字に示すと、右の表のようになる。

これを見ると自殺が圧倒的に多いことに気がつかれるだろう。
都会ならノイローゼ自殺が多い理由はいくらも数え上げることができるが、
広々とした大自然に抱かれて、土に親しんでいるお百姓さんが、どうしてこんなに自殺するのか。

理由は二つある。
第一は農村医学者からの報告だが、農薬を使用すると、最初に神経系統に影響が現れ
情緒不安定、不眠症という微症状が出て、次第々々に自殺願望が強くなるというのである。

第二の理由は、農家の生活の急変である。出稼ぎがふえて夫婦関係の安定が崩れた。
出稼ぎ先の都会で、男は女を作る。
現金を抱えて帰ってきた夫の態度が違えば、主婦は敏感に察知する。
深刻な夫婦喧嘩げんかの末、

「死んでやるッ」

と、妻が夫の目の前でホリドールを飲んでしまう。こういうケースが実に多い。

*   *   *

「ホリドールで事故死や自殺をした数は、データがありますが、一年に五百人近くも自殺してますね」

「それはホリドール飲んで自殺した数でしょう」

「そうです」

「実際は、その十倍も多いですよ。自殺として届けてない家がほとんどですからね。
世間体もありますし、第一、ホリドールで生きるのが嫌やになって首吊くびつった人は、
ホリドール自殺の統計に入っていないですし、これは農村以外にも大勢いる筈です」

主人が胃病で毎日不機嫌だ。酒ばかり飲んで暮すようになる。
主婦は自律神経失調症になった。息子はノイローゼ井戸へ飛込む。
じいさんが首を吊った。
こうして一家が全滅した例を、梁瀬先生は怒りを抑えるようにして幾つも話して下さった。

「すべてホリドールですか」

「いや、今使われている農薬のほとんどが長く多用すれば同じことです。
ホリドール以外の有機リン剤は禁止されていませんからね。
本当に、どうしてこんな状態を野放しにしているのか、私にはまったく理解できません」

「犯罪ですね」

「大犯罪です。大量殺人ですよ」

毒ガス工場の肺癌死亡率40倍[P.223]

日本では瀬戸内海にある大久野おおくの島にひそかに毒ガス工場が作られて、
イペリットなどの生産が進められていたことを書いておこう。

広島県下のこの島は、戦後三十年たった今も草木が生えず死んだままである。
戦争中に毒ガス工場で働いていた作業員の肺ガンによる死亡率は、
広島県一般の四十倍という高率を示している。
しかも生き残った人たちの六割が、呼吸器系疾患で現在も苦しんでいる。

化学肥料を施した土地だと豚が白色下痢になりやすい[P.251]

イギリスの養豚業者の報告で、こういうものがある。(一九四二年『園芸記録』)

「豚小屋すなわち家屋のなかに豚が閉じこめられると、
生後一ヵ月くらいで白色下痢にかかりやすくなる。
私はこれらの若い豚に、
腐植が多くあって化学肥料が施されたことのない土地から新鮮な土壌をとって与えると、
この病気にかからないということを申し分なく証明した。
この土は子豚が生後一週間くらいのときに与え、それから六週間目までつづけるべきである。
子豚が大量の土を食べるのに驚かされるにちがいない。
おもしろいことがある。
つねに化学肥料ばかりで、堆肥が施されていない土では、
この病気の予防はもちろん治療上の効果もない」

漬物に食品添加物が使用される理由[P.278-281]

私は漬物屋さんに直接会って質問することにした。
高い杉木立に囲まれた上賀茂かみがも神社の境内のちょうどまん前に、そのお店はあった。

私の顔を見ると、福相のご主人が奥からにっこり出てきて、

「ええお天気どすな」

と迎えてくれた。
京都へ来ると必ず買っては横丁の隠居に届けているから、もうすっかり顔なじみなのだ。

「あのオ、いつも訊きたいと思ってたことがあるんですけど、教えて頂けますか」

「へえ、なんなりと」

「あのオ、この店の漬物は、よその漬物と較べて、
パリパリシャリシャリいわないんですけど、それはどうしてですか」

「それはまあ、私とこは塩しか使うてない漬物屋やからですわ」

「はあ、ですけどそれとパリパリシャリシャリは」

「よろしいか、野菜に塩つけて、重いもので押しをかけます。これが漬物の作り方です。
古くは中国から伝来した昔ながらの正しい方法ですねん」

「はあ、はあ」

「塩は防腐剤ですねん。保存料ですねん。漬物は保存食ですわな」

「ええ」

「ところが塩して押しすると、水が出ます。漬物だけの目方が軽うなります。
目方で売る商品やから、
軽うては損やと思う漬物屋は水入れてふやかします」

「まあ」

「すると腐りやすうなります。当り前ですわな」

「ええ」

「そこで防腐剤を入れまんのや、よそさんは。
良心的な漬物屋は、私とこだけではおまへんけど」

「まあ、それで防腐剤が入るんですか」

「防腐剤を入れると味が落ちます。
それで味の素やら何やら調味料ですな、それを入れます。
スーパーで山積みしてある漬物の袋眺めてると、私は何やら怖ろしゅうなってきますわ。
防腐剤ちゅうのは毒でっせ」

「あのオ、このお店はどのくらい昔から続いているんでしょう」

「私が始めたのは昭和六年です。が、私は小売りはしてえしませんでした。
店も、もっと町中にありましたし」

「あのオ、小売りをしてなかったといいますと」

「卸し専門です。店で売るようになったのは戦後です。
戦前は東京へも九州へも、全国に卸売りしてたんですが、
昭和三十年に店を畳んで、ここへ移りました」

「どうして卸売りをめてしまったんですか?」

「戦後になって、急に返品が多うなりました。
色が悪い、いたみやすい、よそは腐らん漬物を作っているぞと言われましてなあ。
どんどん返やされてきたんです」

「それが昭和三十年ですか?」

「いや、昭和二十七年頃からです」

厚生省がむやみやたらと食品添加物を許可し始めるのは昭和二十六年からであるから、
この話はピシャリと符丁があう。

クリーニング屋は粉石鹸しか使わない[P.407-410]

私はまず、近所のクリーニング屋さんへ行って、
そこが使っている粉石けんの販売会社の住所と電話番号をメモし、
それからダイヤルをまわした。
地方の小さな都市に、その本社はあった。
私はできるだけ丁寧な口調で(ふだんの私はひどくぞんざいな言葉使いなので、
『複合汚染』の読者といってお電話下さる方々はみんながっかりしていらっしゃる)、

「モシモシ、家庭用粉石けんを三ダースばかり送って頂きたいのですが、
東京なんですけれど」

「はい、どうぞ住所とお名前を」

私は名乗りをあげてから、少し質問させてほしいと言った。
相手の方は私が小説書きだとは知らないようだったが、三ダースの注文を受けたせいか、
あるいは近頃急にふえた消費者団体の相手をしなれているからか、

「どうぞ、なんでも聞いて下さい」

「あのオ、お宅さまではいつから粉石けんを作っていらっしゃるんですか」

「私どものところは創業が大正五年です」

私はいきなりおそれ入ってしまい、
電話口でその石けん会社の六十年史を聞かせてもらうことになった。

「そうですか、随分景気のいい会社だったんですね。
で、合成洗剤が出まわり出してからはどうでした」

「そうですねえ、家庭用粉石けんは昭和三十六、七年からいけなくなりまして、
四十年にはばったり売行きが止りました。
この二、三年ですよ、こうして注文があるようになったのは」

「じゃ大変だったんですねえ」

「いやいや、六十年には波もあれば風も吹きますよ」

「あのオ、売行きが止ったのに、どうして倒産しなかったんですか?」

私のこの失礼な質問に、相手は朗らかな声で答えた。

「いやあ、私どもはもともとが業界用の粉石けんで、
家庭用はサイドビジネスだったんです。
まあ近頃は注文がふえてきましたから、
今年は家庭用を去年の倍を目標にして生産するつもりでいますが、
やっぱり主流は業界用ですから」

「あのオ、業界用って、なんのことでしょうか」

「クリーニング屋に卸しています」

「ははあ、クリーニング屋に」

「そうですよ。クリーニング屋はずっと粉石けんですから」

「どうしてですか。どうしてクリーニング屋は合成洗剤を使わないんですか」

本当に、どうしてなんだろう。
一般の主婦は猫と杓子しゃくしなみに合成洗剤しか使っていないという時代に。

「石けんの方が汚れが落ちるからなんですよ」

「えッ」

「衣類の汚れというのは、石けんでなければ落ちないんです。
クリーニング屋には随分よごれのひどいものが来ますからね」

「…………」

「それに第一、石けんの方が安いんです」

「合成洗剤よりですか」

「ええ、問題になりません、お値段の方は」

電話を切ったあと、私は耳を疑ってぼんやりしていた。
粉石けんの方が、合成洗剤よりも汚れが落ちる。石けんの方が値段が安い。
もしそれが本当なら、
テレビコマーシャルに踊らされて合成洗剤一辺倒になっている主婦たちは
馬鹿ばかみたいなものではないか。

私はにわかには信じがたくて、
それからはクリーニング屋の前を通る度に、のこのこ中に入っていって、

「ご免下さい。あのオ、お宅では洗剤には何を使っていらっしゃいますか」

と訊いてみた。

「粉石けんですよ、ウールは別ですが」

「あのオ、どうして合成洗剤を使わないんですか」

「どうしてって、合成洗剤じゃ汚れが落ちないからねえ」

「本当ですか」

「それに高すぎるよ。合成洗剤じゃ、商売としてもひきあわないね。
ものによっちゃ使うときもあるにはあるがねえ」

どこのクリーニング屋に行っても同じ返事だった。石けんの方が汚れが落ちる。
石けんの方が安い。業者は異口同音だった。

私はいよいよ茫然ぼうぜんとした。

洗剤自殺事件[P.428-430]

昭和四十二年のことである。

青梅市の三十二歳になる女性が自殺をもくろんで
中性洗剤の原液を一合近くも飲んだが、死ななかった。

「男と女の別があるとはいえ同じ年というのは因縁ですな」

横丁の御隠居が言う。

「一口飲んで男は死んだ。一合飲んで女は死ななかったとうのですから、
この二つの事件を比較してみると、まるでわけがわからなくなります」

「成分が違うんじゃないですかな、増量剤の質が違うとか」

「メーカーの名も商品の名も、調べたけれど分りませんでした。
ただし、ライポンFは台所用粉末洗剤でABSでしたし、
青梅市の自殺未遂事件はLASです。
でも、量的には比較にならないほど多いですからね、後の方は」

「あれを一合も飲むのは大変だったでしょうな」

「何しろ自殺する気で飲んだのですから、味も匂も問題ではなかったでしょうね。
でも、すぐ喉が苦しくなって吐き出しています」

「医者に行ったのでしょうかな」

「でしょうね、医者の報告が発表されているんですから。
吐いたあとも胃の中には原液が三分の一も残っていたそうですよ」

「しかし、死ななかったというのは、ほっとさせられますな」

「はい、本当に、ほっとしますね、私も」

青梅市立総合病院の六人の医師から日本内科学会誌に発表されているものを、
そのまま書いてみよう。

「中性液体洗剤(有効成分は陰イオン性界面活性剤で、二一パーセント含まれており、
直鎖アルキルベンゼンスルフォネート〔LAS〕を主体となす)
の急性中毒例を経験したので報告する。

①中性洗剤原液一六〇ml(一六三g)体重一キロあたり
三・五九グラム飲用した三十二歳の主婦において、
錯乱、嘔吐おうと咽頭いんとうおよび口腔こうこう疼痛とうつう
血圧低下の傾向、トロンボテスト(四八パーセント)およびコリン・エステラーゼ
(〇・六六⊿ph)の低下、ウロビリンの排泄はいせつ増加(⧺)等が認められたが、
いずれも軽度であり、速やかに回復した。

②DD系雄性マウスによる動物実験で、
この洗剤による半数致死量は二十四ないし四十八時間で九・一三g/kg、
七十二時間で八・六六g/kgであった。

③メチレンブルー比色法で定量した胃洗浄液中の中性洗剤量は五六グラムであった。
この際、飲用後胃洗浄まで一時間経過し、
かつ三回の嘔吐があった後においてもこの量が残存しているのであるから
胃洗浄は行うべきであると考えられる。
懸念された腐食ふしょく、びらん等は、
可視粘膜においても胃カメラ所見においても認められなかった。」(以下略す)

胃潰瘍の豚は旨いという暴言[P.517-518]

去年の九月三十日、消費者運動をしている人たちが、
「健康な家畜の肉が食べたい」「抗生物質を使ってほしくない」
「家畜の体内で種々の毒物に変化するニトロフラン系薬剤を全面禁止してほしい」
というごく常識的な願いをもって農林省に出かけて行った。

農林省側からは流通飼料課の金田課長が出て応対した。
このときのやりとりが「消費者リポート」に収録されているのだが、
これを読んでいて、まったくぎょっとさせられたのは次の問答であった。

金田課長「(豚に)胃カイヨウがあっても効率が高いということではいけないのですか。
胃カイヨウでも農家の収益が高くなればいいというものではないですか」

この課長さんは「経済性か安全性かでは、われわれとしては経済性が第一だ」
という正直な発言をなさっていて、経済成長という日本国政府の高く掲げていた
スローガンを忠実に実行している有能な官使なのであろうと思った。

豚が胃カイヨウにならないような飼い方を指導した方が、
畜産農家も生活が安定するのではないかという質問に対しては、

「肉と関係がなければいいだろう。胃カイヨウは別に遺伝するわけじゃない。
伝染するわけじゃない。胃カイヨウの豚はうまいといいますよ

謎のガソリン添加物[P.543-544]

「しかし、断然分っていないものがあるのはガソリンの添加物です」

「添加物?」

「数十種類に及びますな。ガソリンの性能に微妙な影響があるのですよ」

「それは、どういうものですか」

「分りません」

「たとえば」

「いや、分らんのです。ガソリンの添加物は大方が企業秘密なんですから」

「企業秘密って、ガソリンを分析しても分らないんですか」

「鉛ぐらいなら分るんですがね、大方分らないんですよ。
分ってるのはこれだけですが(前項の表を参照)」

「でも、それも走ってる間に飛び散るんでしょう」

「その通りです」

「どんな危険のものが入っているかも分らないんですか」

「分らないんです」

「外へ飛び散るようなものでも企業は秘密にするんですか。外国でも?」

「そうです。ガソリン添加物は世界のなぞです。
国際環境会議で、この話をしても取上げてもらえないんです」

現代の奇病「自然気泡」[P.544-546]

現代の奇病「自然気胸」について、ちょっと考えてみよう。
これは去年の四月に開かれた日本胸部疾患学会で報告され注目されたものだが、
去年の九月には全国六十の病院にアンケートの回答を求めた。
地域の特徴をつかむために県立、市立病院などを中心にした。

結果は二十五の病院から回答があり、全病院で「自然気胸」の患者を確認していて、
合計八百三十八人もの症例があった。

過去十年間に特発性の自然気胸の患者数がふえていて、
患者は二十代の男性に多く、全く原因なく発病している、ということも分った。

「なんですか、その自然気胸というのは」

と、横丁の御隠居。

「肺の外側の肺ろく膜に小さい穴があくんですね。
最初はチクンと胸が痛くなるのが自覚症状らしいです」

「ははあ、チクンと言うですか」
「穴があいたときにチクンでしょうかね。自覚症状のない人も多いみたいです。
ともかく、その穴から空気が入って、肺がつぶれるんです」

「肺が、つぶれる?」

「つぶれて小さくなるんですって。
急性症状では胸が引き裂かれるようになって呼吸困難に陥り、手術が必要になるそうです。
まれにですが、両方の肺に同時に穴があいて死亡するケースもあるんですって」

「それが排気ガスでやられてるんですかな」

「いまのところ、はっきりそうとは言えないけれど
二酸化窒素の汚染が高い地域に患者が多いという印象があるんだそうです。
死亡するなど重症の例が少いことや大気汚染との
関係がはっきりしていないので環境庁など行政機関での調査はしてもらえないんです。
でもね、大気汚染と一口に言っても、工場の煙から排気ガス、
煙草の煙まで含めたものを言うのですから複合汚染でしょ、
関係がはっきりするまで五十年はかかってしまうんですよ」
「自然気胸ですか」
「背が高くてせている若い男がかかりやすいようです。
だから生れつきの体質が原因とも考えられるんですけど、ふえていることは確実だし、
専門家は大気汚染が誘因になっていることも推定されると言っています」

有吉佐和子のスモッグ体験談[P.547-548]

私がアメリカへ留学したのはその前年の秋からだった。
ニューヨークへの途次、ロスアンゼルスの空港に降りて知人の家に一泊したのだが、
空港から町へ入ると目から涙が出て困った。

「スモッグですよ」

「え、なんですか、スモッグって」

日本にはまだスモッグという言葉は知られてなかった。
これはスモーク(煙)とフォッグ(霧)の二語が結合して生れた新造英語である。
生れはロンドンであろう。

樹木の多いパサデナ市にある家でくつろいでから、私は庭先に立って驚いた。

「なんでしょう、あれは、夕焼けですか」

見渡す向うの空が青紫色に染まっている。日本の夕焼けとは趣きが違いすぎる。

「スモッグですよ、あれが」

「へえ、スモッグというのは、あんな美しい色ですか」

「その日によって色が違います。
ピンクの日もあるし、淡いブルー一色のときもあるし、明るい紫になることもありますよ」

「へええ、きれいですねえ」

「ロスからこちらを眺めても、同じように見えるようですよ」

「あら、パサデナもスモッグに包まれているんですか」

「空気には壁がありませんからね」

今から十五年前の東京からアメリカへ出かけて行った日本人である私には、
十五年後の日本に、このスモッグが灰色にたちこめるなどとは想像することもできなかった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です