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書籍と雑誌の要約と解説

化粧品の秘密

美しくなりたい女性へ

装丁
化粧品の秘密 化粧品の秘密
大門一樹(東海大学教授)
平沢正夫(ジャーナリスト)
三一書房(三一新書714)
GTIN0236-700714-2726
1970/08/31
¥650
この書は、『原価の秘密』の著者であり、
関東学院大学教授の大門一樹氏が第一部を担当し、
第二部は、『保健薬を診断する』で高橋晄正氏らと共同執筆した
ジャーナリスト平沢正夫氏が担当した。
前著は、企業の極秘資料を初めて大衆の前に公開し、
大企業の心胆を寒からしめたものであり、
後著は、アリナミンを始めとする
大衆保健薬の無効と有害性を科学的に明らかにしたものであり、
ふたつながら名著として、いまなお洛陽の紙価を貴めつづけているのである。

第一部においては、
女性心理と化粧品の関係、化粧品の原価とその流通過程に焦点をしぼり、
第二部においては、
化粧品の科学的、医学的考察を中心課題として、両先生に執筆を依頼した。
たまたま重複している部分もあったが、異なる視点からの同一主題への追求は、
なかなか興味ぶかく、あえて一方を削らなかった。
――本書が日本女性の化粧に、警鐘を乱打することを期待して――T

目次
  1. 女性心理と化粧品 大門一樹
    1. 高級化粧品の信仰
      1. 根強い錯覚づくりの手法
      2. 呪術の心理
      3. 女性と暗示
      4. 錯覚におとしこむ
    2. 系列小売店
      1. 「高級」信仰の布教
      2. 美容部員の活躍
    3. 批評を抑える
      1. 一般品の抵抗
      2. マスコミ操作
    4. メーキャップの季節
      1. 口紅の質と価格
      2. マニキュア、まゆずみ
    5. 見栄の系列
      1. 中流意識と化粧品
      2. セールスマン
      3. 花椿会員一千二百万人
    6. 外国人の化粧品批判
      1. ロバート・ミラーの調査
      2. サリバン議員の批評
    7. 高級イメージの中身
      1. イメージ・ムードで売る
      2. 資生堂のイメージづくり
    8. 落ちた偶像
      1. 王様は裸
      2. 「こんにちは奥さん」の発言
      3. マスコミの批判集中
      4. 百円化粧品ブーム
    9. 高い価格の秘密
      1. ゆめの価格づくり
      2. おどろくべき原価
      3. 再販制度による暴利
    10. 化粧品はこうして売る
      1. 売り方四つのコツ
      2. ムードと値段
      3. 毛染め薬の流行をつくる
      4. メーカーの≪消費者教育≫
      5. 美容石けんのイメージづくり
      6. 男性化粧品
      7. 子ども用化粧品
  2. ニセ科学としての化粧品 平沢正夫
    1. 王者・資生堂の詐欺
      1. 藤原あきの≪化粧の秘密≫
      2. 化粧の達人は使わない
    2. ある痛ましい被害届
      1. モルモットにされる危険
      2. メーカーと医者の関係
    3. 最大の敵はメーカー
      1. 異物をつける化粧バカ
      2. 栄養クリームは効かない
      3. 胎盤エキスの神話
      4. 老化を促進する化粧品
      5. アイメークアップの恐怖
    4. 厚生省とメーカー
      1. ビチオノールと白ごうこう
      2. 「作用が緩和」という詐術
      3. 実験動物の汗腺
    5. “ガマの油”と化粧品
      1. 医薬部外品というお化け
      2. 品質表示をなぜしない?
    6. コールドパーマ液の怪説
      1. 毒ガスとの親戚関係
      2. 化粧品奇形児の可能性
    7. 化粧品の被害調査から
      1. 男の数十倍のシミ、カブレ
      2. ≪知らぬが仏≫の被害者
    8. 資生堂が独占するまで
      1. 成長の秘密は再販制
      2. 自由競争を否定する
      3. ≪エビでタイ釣る≫商法
文献
  1. モンテーニュ『エセー』[P.12]
  2. ラ・ブリュイエール『人さまざま』[P.13]
  3. ヴァンス・パッカード『浪費をつくる人びと』[P.21-22_62]
  4. 『読売新聞』1970年6月8日[P.38]
  5. 『産経新聞』「消費者のページ:百円化粧品と三千円化粧品とどこがちがう」1968年12月6日[P.49]
  6. 日本消費者協会『消費者』1963年10月号[P.57]
  7. 『生活学校レポート』1969年1月[P.61_78]
  8. 『ニューズウィーク』1968年6月3日[P.63]
  9. 『日本粧業新聞』1966年6月4日[P.75]
  10. 『週刊粧業』841号[P.80]
  11. 『週刊粧業』859号[P.80]
  12. ロバート・ミラー『The Affluent Sheep』[P.83]
  13. 『ジャパン・タイムズ』1969年11月13日[P.87]
  14. 『日本粧業』1074号[P.96]
  15. 『国際商業』1970年1月号[P.100]
  16. 『朝日新聞』「生活レポート」1966年7月4日[P.103-104]
  17. NHK『こんにちは奥さん』1967年11月27日[P.109-115]
  18. 『生活学校』№44[P.117_131-135]
  19. 『朝日新聞』「裸の消費者:“ゆめ”であおる化粧品」1967年6月12日[P.118]
  20. 『ニューズウィーク』1968年6月3日[P.128]
  21. 池田鉄作『化粧品学』[P.131]
  22. 『毎日新聞』1966年9月25日[P.138]
  23. 『朝日新聞』「業者が圧力かけるおそれ」1967年4月20日[P.141-142]
  24. 高橋晄正『保健薬を診断する』[P.144_184]
  25. 『ぶるーちけっと』1969年1月[P.145-146]
  26. 『婦人公論』1970年5月[P.157]
  27. 『暮しと健康』1964年6月号[P.163-164]
  28. 『暮しと健康』1964年8月号[P.165]
  29. 『日本粧業』1970年5月2日[P.177]
  30. ラルフ・リー・スミス『健康を売る人々』[P.185-186]
  31. 『暮しの手帖』83号[P.191]
  32. 『朝日新聞』1970年4月5日[P.195-196]
  33. コンシュマー・レポート『薬のてびき』[P.202_211]
  34. 全国広告連合『化粧品と広告』[P.214-215]
  35. 平沢正夫『あざらしっ子』[P.226]
  36. 『皮膚科の臨床』1968年11月号[P.233]
  37. 『資生堂社史』[P.243]
  38. 化学市場研究所『化粧品の需給とコスト分析』[P.247]
校正
  1. メーカーの責めつけがおそろしい。⇒メーカーの締めつけがおそろしい。[P.45]

内容

加美乃素の詭弁[P.29]

加美乃素の社員は髪がふさふさしているというが、髪の薄い者は就職させないとすれば、
みな、ふさふさしているわけで加美乃素のせいではない。
しかし、加美乃素の社長は頭が薄い。
それについて聞いた人に「加美乃素を塗っているのでこの程度で止っている。
加美乃素をつかっていなければモット薄くなっている」と答えたという。

医者と結託して化粧品被害を握り潰す資生堂[P.169-173]

かりにMさんとしておく。Mさんは、痛ましい“化粧禍”の犠牲者である。

一九六七年七月のある日、Mさんは新宿のスーパーで資生堂のモイスニング・クリーム
(八十グラム入り・定価六百円)を買った。

Mさんが化粧品をつけはじめたのは二十歳のとき。
当時のMさんは二十三歳だったから、お化粧のキャリアは三年になる。
その間、もっぱら乳液と化粧水をつけていて、クリームを買ったのは、それがはじめてだった。

BGのMさんは、ボーナスをもらったばかりでもあり、いつになく豊かな気分になっていた。
いつもの乳液と化粧水といっしょに、店員にすすめられるまま、
生まれてはじめて、クリームを買った。
そこには、美しさへのあこがれと夢があった。
Mさんがいつもつけていた乳液と化粧水と資生堂製品で、いずれも定価四百円。
銘柄については、記憶がハッキリとしない。

「栄養クリームですから、夜ねるときにつけるといいですよ」と、店員がいった。
Mさんは、いわれるままに、寝るまえに洗顔、クリームをつけてフトンにもぐりこんだ。

翌朝、顔からアゴの下にかけて、こまかいブツブツが、いちめんにできていた。
大きさはニキビぐらい、色は赤かった。
ニキビかとおもったが、いままでニキビのできたことはなかったし、
ニキビなら、脂肪のかたまりのはず、そういう形跡もなかった。

とりあえず、下宿の近所のヒフ科の医院へいった。
医者は白い薬を顔につけてくれた。
そのまま勤め先の会社へいったが、外を歩くのがなんとも恥ずかしかった。

「女の子がそんな顔して……ダメだよ。無理しなくていいから、治るまで休みなさい」

上役にいわれて、Mさんは昼すぎに会社を早退した。
そのころ、顔の状態はますますひどくなり、目をパッチリとあけていられなくなった。

Mさんは、クリームのせいだとおもった。
ほかにおもいあたることがないからだ。
当時つとめていた会社にくるまえ、ある大学の薬理学教室にいたことがある。
そこへいけばくわしいことがきけるとおもい、出かけていった。
その教室のK教授は資生堂の顧問でもあった。

「化粧品かぶれだよ。食べもののせいでできるジンマシンだったら、
ウデとかモモとか、ヒフのやわらかい部分に、まずできるものだ。
メーカーに電話をかけなさい」

Mさんの顔をみるなり、K教授はいった。

彼女は、クリームを買った新宿のスーパーの化粧品売場に、
「いったい、どうしてくれるんですか」と、抗議電話をかけた。

そのあいだにも顔面はさらに悪化。
ニキビ大のブツブツが、小豆粒大にまでふくれあがってきた。

「まるで、お化けじゃないの」

夕方、勤めから帰ってきたルームメートは、半ばおどけた調子でつぶやいた。

やがて、資生堂から人がきた。本社の販売主任という肩書をもつ女性であった。

「なにかへんなものを食べませんでしたか」

彼女は、Mさんの顔をみて、まず、こういった。

「そうだったら、いままでだって、あったはずですよ。
なにしろ、はじめてですからね、こんなことになったのは……」
と、Mさんは言葉をかえした。

「じゃ、あす病院にいきましょう」といって、資生堂の女性はかえっていった……。

Mさんが連れていかれたのは、池袋のUヒフ科。
近所の医院でもらった白い塗り薬をみせると、
「そんなものじゃ効かないよ」といわれた。
ここでは、ピンクの薬をつけられた。
なんとなくスーッとする感じだった。

しかし、いまになってMさんが解せないのは、
その医者も、資生堂の女性も、病名がなんであるかを教えてくれなかったことだ。
もちろん、化粧品が原因だとはいわなかった。

Mさんの顔は、約一〇日でもとどおりになった。
会社を休んだのは二日間だった……。

病院へ連れられていったとき、資生堂の女性がMさんに話しかけてきた。

「あなたの肌は特殊なんですね。
私たちのほうでいろいろと調べたいので、ウデに化粧品をつけさせてくださいませんか」

言葉はていねいだが、要するに、モルモットになってくれという頼みである。

「お宅の実験台になんか、なるのはイヤです。
私は、とにかく、顔をもとどおりにしてほしいんです」

相手は、それでも、ひきさがらなかった。

「そのために、会社を休むようなことになれば、
そのあいだのお給料は保証いたしますから……」

Mさんは、カチンときた。

「おカネの問題じゃないんです。
そんなに実験やりたかったら、あなたが自分の体にやればいいじゃないですか」

「そうおっしゃっても……あなたと私とでは、肌がちがいますからね」

それっきり、彼女は、“実験”のことを口にしなくなった。

一週間後、彼女はもういちどMさんの下宿にあらわれた。
「よくなりましたか」といって、様子をみにきたのだ……。
そして、Mさんと資生堂との接触はこれでおわった。
治療費はもちろん出していない。資生堂が払ったのであろう。

ビチオノールを野放しにした厚生省の怠慢[P.196]

日本皮膚学会では、六九年の春に、ビチオノールの副作用がとりあげられ、
再三再四、厚生省に警告、使用をやめるようにといってきた。
にもかかわらず、厚生省は動こうとしなかった。
外国では、六七年ごろから禁止措置がとられ、
日本でも、医薬品への使用は、六八年から禁止された。
だが、薬用石けんは医薬品でなく、医薬部外品である。
そのため、野放しになっていたのだ。

アレルギー性皮膚障害を多発させた白ごうこうクリーム[P.197]

六九年七月には、白ごうこう入りクリームが販売禁止になった。
やはり、副作用がひどすぎたからである。
厚生大臣の諮問機関である中央薬事審議会常任部会が、
白ごうこう(アミノ酸塩化第二水銀)によるアレルギー性皮膚障害の多発で、販売を中止させた。

一説によると、薬事審議会化粧品特別部会の下部機関にあたる化粧品および
医薬部外品調査会では、〇・五パーセントまでの使用をみとめていた。
ところが、基準量以上をいれたクリームが出まわって、アレルギーが続発。
そのため、ナダレ現象的に、すべての白ごうこうクリームが禁止された――
こういって、くやしがる業者もいたようだ。

白ごうこうには、ヒフの漂白作用があるといわれている。
が、科学的にはキメ手がない。

化粧品のずさんな審査[P.199-200]

化粧品の製造許可は、医薬品の製造承認よりも、はるかに手つづきがかんたんだ。
動物による毒性テストも、医療機関における臨床テストも義務づけられていない。
メーカーの提出する書類は、都道府県をへて、厚生省の薬事課にまわされる。
使用禁止品目を使っていないか、
基準量のさだめられている物質を規定以上にいれていないか、
この二つをチェックポイントにしてしらべる。

審査は書面審査だ。
それも、内容の成分を検討するのは、薬務局の技官がたった一人でやっている。
六九年の申請件数は約一万件。一日に三~四〇件をこなすわけで、
一件あたりの審査時間は、おそらく五分前後だ。
ロクな審査はできないだろう。
それでいて、六割近くが差しもどされるという。
厚生省の審査のきびしさをほめるよりも、
メーカーの申請内容がいかにデタラメであるかの傍証だといえよう。

ポリオ・コールドパーマ説[P.219-223]

一九六八年八月のある夜中、某地方銀行支店長代理のT氏は、長女のA子ちゃんを失なった。
それも、まことにあっけない死にかただった。
当時、A子ちゃんは小学二年生、七歳六ヵ月であった。

<中略>

悲しみの通夜のさい、T氏は、おくやみにきた知りあいのK氏から、ポツリときかれた。
「奥さんは、妊娠中にパーマをかけませんでしたか、パーマ液の害はこわいんだよ。」
だが、とりこみにまぎれて、たいして気にもとめず、忘れてしまった。

K氏の説とは、こういうものだった。

――コールドパーマ液の主成分はチオグリコレート(チオグリコール酸塩)である。
チオグリコレートは髪のシスチン成分をとかす。
この作用を応用して、パーマをかけるのだが、チオグリコレートの使用は、
毒ガスの一種であるイペリットの糜爛性からおもいついたものだ。
その証拠に、両者は化学構造式がにている。

ところで、イペリットはポリオ・ウィルスの培地になる。
そして、ポリオ・ウィルスは、人体のなかでは、脳、心臓筋、羊水を絶好の培地として繁殖する。
したがって、妊婦がパーマをかけた場合、
イペリットに似たチオグリコレートが、頭皮から体内にはいり、
羊水のなかで、ポリオ、あるいはポリオに似たウィルスが活動して、胎児をおかす。
その胎児が、生まれてから、ポリオ、あるいはそれに似た病気にかかる。

以上の説は、シロウトの仮説である。どこまで信憑性があるかは疑わしい。

だが、通夜がすぎ、いくぶん落ちついたころ、
T氏は、この説をおもいだし、気にせずにはいられなくなった。

A子ちゃんは、小学校の入学直前、
急に手足にマヒがきて、目や神経をおかされ、半年ちかく入院した。
診察した医者は、「熱がないから、ポリオではない」といいながら、
足のウラと指をしらべたうえで、「ポリオになる可能性がある」とつげた。

このことがあるだけに、T氏は、胸さわぎがしてきた。
さっそく、奥さんにわけを話した。
キチョウメンな家庭であったので、家計簿を点検したところ、
受精したとおもわれる日から数えて五日後に、パーマをかけていることがわかった。
そのあと、出産までに、さらに二回かけていた。

T氏には、次女がいる。次女は、A子ちゃんとちがって、健康である。
念のため、次女の妊娠中をしらべてみたところ、パーマをかけていなかった。

「このころは、髪はロングで、アップにしていたから、かけてなかった。
A子のときはショート・カットだったわね」と、奥さんが説明をつけた。

横浜市立大学付属病院皮膚科の化粧品被害調査[P.229-233]

横浜市立大学付属病院の皮膚科は、
一九六九年中に、外来患者六、六九八名をあつかった
(男子ニ、七〇〇名、女子三、九九八名)。
そのうち、化粧品に関係がありそうな患者は、七二七名。
病名別にわけると、接触皮膚炎五八七名、日光皮膚炎四四名、
肝斑(シミ)六二名、リール黒皮症三四名であった。
接触皮膚炎をのぞく三つの病名の患者について、男女別をみると、
日光皮膚炎・男一六名・女二八名、
肝斑・男二名・女六〇名、リール黒皮症・男一名・女三三名。
とくに、肝斑とリール黒皮症にいたっては、“女性専科”の病気に近いことがわかる。

右にあげた七二七名の患者のうちから、女ばかり三六名
(いずれも化粧品が原因と疑われる患者)をえらんで、
彼らが日常使っている化粧品で、貼付試験をしてみた。
その結果は、表2にあるとおりだ。
三六名中二五名が陽性で、陽性率は六九・六パーセント。
疑陽性までいれると二七名で、パーセンテージは七五パーセントにあがる。
野口教授によると、この種の調査は各所でおこなわれてきたが、
いつの場合でも、陽性率は六〇パーセントをこえる。

<中略>

使用中の化粧品の貼付試験をして、どの化粧品で陽性になったか。
種類別にみると、クリーム二二名、乳液一七名、白粉一一名、薬用石けんニ名、
化粧水、スプレー、シャンプー、毛染め各一名となっている。
クリーム、乳液という基礎化粧品の害悪の大きさが、ここでも証明されるかっこうだ。

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