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書籍と雑誌の要約と解説

石油タンパクに未来はあるか

食と土からの発想

装丁
石油タンパクに未来はあるか 石油タンパクに未来はあるか
高松修
績年堂
GTIN0036-108001-3881
1980/06/10
¥1800
健康な作物こそが人間の食べ物としての名に値する。
石油文明の極致ともいうべき石油タンパクの出回る社会を許してはならない。
<生きもの=たべもの>にかかわって一〇余年、
何をおいても現場にとびこんで行く“情熱的野外派”高松修が、
近代農業の技術思想を批判して世に問う<自立した生活者>の科学実践論
解説
「たまごの会」の世話人の一人だった飯島春子さんから、
「近く石油タンパクの安全宣言が出される。そこで明日厚生省に反対の請願に行きたい。
請願書を作って下さい」と、藪から棒の仕事を押しつけられた。
しかし、石油タンパクなんて初耳に近い言葉を聞く思いの私であってみれば、
ひとまずは断る以外になかったのだが、
押し問答の末彼女の熱意に負けて翌朝厚生省に出向いたのが、
石油タンパク問題に頸を突っ込むきっかけとなった。
以来、石油タンパク拒否運動は私の最大の課題の一つにふくれ上がっていった。
またその運動をすすめるなかで、所沢生活村の白根節子さんから、
「困ったことになった。消費者のリーダーたるべき灘神戸生協が、
森永乳業と組んでロングライフミルクを始めることになった。
すぐ反対運動に取組まないと手遅れになる……」と、
石油タンパク拒否との絡みで問題を提起されたことが、
LLミルク批判の理論的作業にとりかかる契機であった。

このように、本書のもとになった論文は、
いずれも住民運動や消費者運動の要請に応えて理論化を試みたものであって、
私なりに運動の一端を担おうとして書いたものである。

目次
  1. 根拠としての生活
    1. ダニ闘争の経緯
    2. 生活者と学者の対立
    3. 専門学者の研究
    4. 行政側の対応
    5. <対策>行政の本質
    6. 学者と行政
    7. 科学技術信仰の問題性
  2. 消費から生産へ
    1. 所謂<賢い消費者運動>批判
    2. 岡田氏の<消費者自給農場>論
    3. 岡田氏との論争
    4. たまごの会の性格をめぐって
    5. 新農場への展開とイメージ
    6. たまごの会式養鶏の実際
    7. 自立した<生活者>をめざして
  3. <生きもの=たべもの>の現実
    1. 家畜の健康破壊とその惨状
    2. 畜産における近代思想の破綻
    3. 人間の健康と家畜の健康
    4. 家畜の健康とその条件
    5. <食>の安全性とは
    6. 生きものとその食
  4. 飼料価格の構造
    1. 国際分業の実情
      1. <配合飼料>の問題点
      2. 飼料の自給率
      3. 先行する飼料値上げ
      4. 飼料原料値上がりの原因
    2. 飼料価格にみる政治構造
      1. 飼料需給の<対策>行政
      2. アメリカ農産物市場と日本商社
      3. 飼料暴騰の諸影響
    3. 「もうひとつの道」を求める実践の立場
      1. <活かす会>ニュースより
      2. 商社養鶏阻止大会へのアピールから
  5. 科学的<安全>思想の諸問題
    1. BHC汚染と生命の安全性
      1. 日本の殺虫剤汚染
      2. BHC原体の危険性
      3. 暫定許容量とその学問的根拠
      4. 現状許容の<政治>基準
      5. 私たちの課題
    2. 石油合成飼料(ダイブ)をめぐって
      1. 問題の発生
      2. ダイブ開発の経緯と動向
      3. 飼料としての尿素
      4. ダイブの危険性
      5. 事故原因の解明
      6. 行政側「報告書」への批判
      7. 家衛研の投与実験に対する疑問
    3. 所謂「エサ法」の思想
      1. エサ法前史
      2. エサ法の狙いと問題点
      3. エサ法以後
      4. 病める動物たち
      5. 健康な生きもの
  6. ロングライフミルク批判論
    1. LLミルク登場をめぐる動向と背景
      1. メーカー側の動き
      2. 反対運動
      3. 近代的食生活の荒廃
      4. 工業的酪農の荒廃
    2. 乳質と乳価
      1. 牛乳の殺菌と乳質の変化
      2. LLミルクの乳質とその変化
      3. LLミルクの価格構造
    3. 牛乳をめぐる二つの道
      1. 乳業資本の意図
      2. 北海道酪農の現状
      3. 日本酪農の前途
      4. 都市近郊酪農の見直し
      5. 地場生産・地場消費の実現
  7. 石油タンパクを拒否する論理
    1. 問題の所在
    2. 開発の狙いと動き
    3. 都市と農村――石油タンパクの再登場
    4. 石油食品生産とその政治的意味
    5. 工業による農業破壊の最終戦
  8. 「もうひとつの道」を求めて
    1. 近代農業の破局
    2. 国際分業論の破壊と石油タンパク
    3. 石油タンパクを拒否する稲作文化
    4. <食>文化の再検討
    5. 私の有機農業論
文献
  • 岡田米雄『卵と牛乳』
  • 農林統計協会『飼料便覧』
  • 貿易日々通信社『飼料年鑑』
  • レイチェル・カーソン『沈黙の春』[P.119]
  • 梅津元昌『乳牛の科学』
  • 福原進・小山邦男・平井清『石油たん白の話』
  • 山田浩一『石油醗酵』
  • ルース・ハリソン『アニマル・マシーン』
  • 室田武『エネルギーとエントロピーの経済学』
  • 農文協文化部『戦後日本農業の変貌』
  • 高松修『新鮮な牛乳を求めて』
  • 小倉重成『一日一食健康法』
  • テーラー『続・人間に未来はあるか』[P.116]
  • ハワード『農業聖典』[P.226]

内容

  • ダニ駆除でシックハウス症候群になった高松修夫人[P.4-5]
  • ダニのわく水畳[P.9]
  • ダニの実践的な捕集方法は、結局、一晩畳表にセロテープを貼りつけておいて、翌朝それを剥がして捕る<鳥もち方式>にかぎるようである。[P.19]
  • 家畜の奇形・異常が増えている[P.54]
  • 「奇型の家畜の産物をどうして許しておくのか」との消費者の疑問に、農林省当局者は「奇型の家畜とは、人間でいえば“デブ”か“やせている”ということと同じであり、心配はない」と答えたという。[P.61]
  • 農林省の当局者が「胃潰瘍の豚の方が美味しい」との珍説を紹介してくれたことがあるが、とんでもない話であり、健康な豚肉に優ることはあり得ない。[P.63]
  • 厚生省は、「農薬としては、コストの関係からわが国では精製を行なわず、原体が使用されており……」(6)と述べている。すなわち、「精製すると、五割増のコスト高になる」ことが理由であった。[P.120]
    厚生省乳肉衛生課「牛乳中の有機塩素系農薬残留の暫定許容基準について」『食品衛生研究』一九七一年九月
  • 「日本の公害は、高度成長の結果もたらされたものではなく、公害を前提として、高度成長はもたらされた」との宇井純氏の指摘は核心を突いている。[P.120]
  • ダイブ変死事件[P.133-135]
  • 石油タンパクの歴史[P.228-231]

ダニ駆除でシックハウス症候群になった高松修夫人[P.4-5]

筆者も五年前、鶴川団地でのダニ発生に際し、
管理事務所から派遣された消毒業者の“ダニの特効薬で人畜無害”との言葉に騙され、
部屋中をディルドリン乳剤でベチャベチャにされた苦い経験がある。
その夜から、妻は頭痛・吐気・呼吸困難を訴え寝こんでしまった。
それなのに、タフなダニは、人間の殺虫剤信仰をあざ笑うかのように、
翌日も畳の上で運動会を続けた。

ダニのわく水畳[P.9]

古来から日本人は、稲刈り後のわらを稲架掛けして自然の日光で乾燥させ、
人間生活にとって切り離すことのできない<生産材料>として利用しつづけてきた。
人びとは農閑期に、わらから縄・わらじ・わら蒲団・敷物などの
生活必需品を生産するばかりか、つねづねから堆肥や飼料などにも活用してきた。
しかし、わら蒲団からダニがわくなどということはなかった。
同じ日本の風土で、現在なにゆえに新わら畳からダニがわくようになったかを考えてみよう。

ダニのわく畳を上げてみると、裏ゴモのわらが青々としていたり、
畳にまぎれこんだ落穂が芽を出してさえいるのであった。
多摩ニュータウンで、私が水分でベタベタする畳の含水率を測ってみたら、
普通の畳の二倍以上で、含水率五〇%以上の畳さえあった。(6)
これではダニが仮に出なくても、人間の住み処としては失格である。
このような畳がまかり通る理由は、
“含水率の調整の必要”を私たちの住民運動が訴えてきたのに耳もかさず、
含水率の検査さえ行なわない行政の怠慢にも起因しているのであるが、
根本的には、生かわきのわらで畳を作らざるを得ない状況によるものである。

*   *   *

(6)鶴川団地におけるダニ闘争の際、
私は畳の含水量を調べる実験を友人の一人といっしょに行なった。
梅雨明けの七月一八日、畳を半日、日干しする実験で、
六畳の畳から約四リットルの水分が蒸発する結果を得た。

家畜の奇形・異常が増えている[P.54]

昨年(一九七三年)から、牛の早死流産や奇型出産が、特に九州の宮崎県下で大発生した。
私たちの周りでは、千葉、茨城で目立ち、
「千葉県の調べによると、同県内の早死流産、奇型出産が激増し、
最近の十ヵ月の平均では、六件に一件の割合だ」
(朝日新聞・四八年七月三日)という。
農林省は、その病気の原因を「下痢症ウイルスによるもの」とし、
飼料中の健康破壊要因には何ら手を加えず、
「下痢症ウイルスのワクチン接種の実施に乗り出した」
(サンケイ新聞・四八年七月九日)。
しかし果たして奇病の原因は、ウイルスのみのよるものであろうか。

豚でも奇型・奇病が多発している。
しかし、それにもまして驚かされたことは、
「農林省の調査によると、屠場に出荷される、奇病や奇型に関係のない“正常”な豚の六五%以上に、
胃に穴があいたり、ただれたりしている……」(朝日新聞・四八年五月七日)のである。

ダイブ変死事件[P.133-135]

「蛋白源の代替物」として公認された<ダイブ入り配合飼料>に切り替えたところ、
富山県下で乳牛が相ついで事故死を起こした(昭和四八年)。
それにもかかわらず、農林省は調査団も派遣せず、
「切り替えの不適切」という小手先の理由で問題を糊塗することに終始し、
“安全宣言”による餌としての許認可行政のあり方を再検討しようとしていない。

<中略>

Sさんは餌の切り替えに際して、
「新しい餌にするのなら説明会を開いてくれ」と農協に申し入れた。
しかし、その願いは聞き入れられないまま、餌は切り替わった。
レブラン(大豆カス入り旧飼料)からハイラック(ダイブ入り新飼料)に切り替えると、
四二頭のうち五頭はどうしてもハイラックを食べない
やむなくレブランを袋入りで多量に買って、投与し続けた。
おかげで五頭だけは元気だし、乳量も落ちなかった。

ところが、この五頭以外は、
ハイラックに切り替えてからじわじわとその影響が現われ始め、
五月に入るとそのほとんどは下痢をし、
また分娩直後で最高に乳量の上がるはずの牛が四頭もいたのに、
いずれも乳量は下がり、そのうちの一頭は高熱(セ氏四一度以上、平均三八・五度)を出し、
結局六月一日に廃牛にした。
解剖の結果は、肝臓と膵臓が腐敗し、肺が冒されていた。

Mさんは、五町歩の牧草畑で五〇〇トンの牧草を生産する、五〇頭規模の酪農家である。
現在、一日平均で一頭当たりハイラック18を一〇キログラム、
半乾草を一〇キログラム(乾草換算で二・六キログラム)を与えている。
四月二〇日に、従来のレブランからハイラックへの切り替えを通達する“チラシ”がきた。
説明会はなかった。チラシの要点は、
北陸地方の酪農家の飼養実態にあわせて、乳用牛の配合飼料として作った」こと、
安全性が高く、アンモニア中毒の心配がなく、安心して使用でき、
原料資源の安定した割安な飼料(トン当たり三、〇〇〇~三、五〇〇円安)
であることなど、新飼料の長所だけが記されていた。

しかし実際には、新飼料に切り替えると牛は食欲が衰え、
搾乳量が激減し、最も乳量の多い牛(分娩三月)の容態が悪化し、
乳量は落ち、解体した獣医師は<アンモニア中毒>と診断した。
翌日、さらに一頭が再起不能と診断された。
廃牛として解体したところ、全身内出血で内臓は全体に赤黒く濁り、肝臓や胃はめためただった。

石油タンパクの歴史[P.228-231]

まずBP(ブリティッシュ・ペトローリアム)社が一九六三年の第六回世界石油会議で、
石油を主原料とする微生物菌体蛋白の試作を発表した。
以来、“石油からビフテキの時代”というキャッチフレーズを生み、
未来の蛋白質として脚光を浴び、国際的な研究開発競争が続いた。

日本では昭和四四年(一九六九年)、
鐘淵化学と大日本インキが企業化計画を発表し、協和醗酵はBP社と技術提携し、
旭化成や三井東圧なども続々と企業化計画を推進していった。

<中略>

厚生省は食品衛生調査会に石油タンパク特別部会を設け、
毒性試験などに関してニニ項目の安全基準を作成した。
昭和四七年一二月一五日、食品衛生調査会は公式見解として、
大日本インキおよび鐘淵化学の試作した石油タンパクは、
右の<安全基準>に照らして、飼料として安全である、と発表した。

一方、東京杉並区と世田谷区の主婦らは、石油タンパクの突如の出現に抗議し、
反対運動に起ち上がり、草の根運動は野火のように広がった。
その運動のなかで、「石油タンパクの禁止を求める連絡会」
(以下、「石禁連」と略称する)が結成された。
さっそく石禁連は、石油タンパクの社会的役割に対して疑問を提示し、
かつ食品衛生調査会の安全宣言に異議を申し立てた。(3)
開発当局者も、「安全性について国民的合意が得られない以上、
石油タンパクの企業化を中止する」と、いったんは折れざるを得なかった。

だが、彼らは開発を断念したわけではなかった。
再開発の“好機”は次のようにしてやってきた。

石油ショックに続く飼料の暴騰を契機に、
食糧および飼料の国際分業の破綻が誰の目にも明らかになるや、食糧自給論が台頭した。
しかし、列島改造で荒廃した農地と農民を活かすことは容易ではない。
そこで、食糧危機に対して、<自給>でもって対処すると称して、
安直にも“石油タンパクへの再挑戦”の歩みが始まったとしても
なんら驚くには当らなかった。

四九年に入るや、まず『食品工業』誌が一~二月号で、
「微生物タンパクの重要性とその開発現況」に関する特集を組んだ。
そのなかで東大名誉教授の山田浩一氏は、
SCP(Single Cell Protein)の研究開発に関する国際的状況を報告したなかで、
「昨年、BP社のグレインジ・マウス工場を訪問し、
石油タンパクをビスケットに混入した試作品を一缶もらってきたが、
なかなか香りの高いおいしいもので日本の皆さんの評判もよかった」と述べ、
さらに結論的に、「いま炭化水素からつくっているSCPは、
飼料としてはまったく安全であるということ、核酸の問題さえ片付けば、
近い将来に食品としても安全に使えるということである。
SCP研究の動向はすでに飼料の時代をおえて、食品への利用に向かっている。
(それゆえ)消費者の皆さんにSCPの内容について十分な知識をもっていただき、
一日も早く工業化されることを望んでいる」と結んでいる。

また国連のPAG(Protein Advisory Group)は、
石油タンパク(SCP)開発における世界の先導役を果たしている。
議長であるアメリカのスクリム・ショウは、
「もはやSCP以外に蛋白資源はない。
数年前に予想したよりもずっと早く実用化を迫られている。
飼料としてばかりでなく、人間の食糧としてのSCPを確保するために……」
と絶叫(?)している(加藤清昭訳『醗酵協会誌』一九七四年五月号)。

<中略>

再度、目を国内の動きに転じると、三菱ガス化学、住友化学、三井東圧など
化学大手が続々とメタノール・タンパクの企業家に着手している動向を伝えている。
また通産省は産業構造審議会の答申として、
「今後の産業構造のあり方と長期ビジョン」を発表し、
知識技術集約産業重点型の社会のニーズからいって、
食糧危機時代の目玉商品は石油タンパクであると断定している。

<中略>

それでは、当の農林省はいかなる取組みをしているであろうか。
農林省の研究予算を掌握する農林水産技術会議の委員に
例の山田浩一氏が四九年七月に任命されたことからも、
そのあらましは推測されようが、具体的にみると、まず農林大臣官房企画室が
「蛋白質・油脂資源の開発利用について」(四九年七月)の未定稿で、
石油タンパクの再開発に対する推進姿勢を明確に打ち出した。

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